電車を使って一日中鬼ごっこ〜京阪神・夏の陣〜

醍醐潤

プロローグ

集められた3人①

 夏休みが始まって迎えた最初の土曜日。

 村田充むらたみつるは、スマホを頼りに四条通しじょうどおり鴨川かもがわ方面へ向けて歩いていた。

 京都の夏は暑い。地形的に京都という街は盆地で、熱が篭りやすく、この時期の日中の最高気温は40度近くまで達する。

 幸い、今歩いている場所は、歩道の上に屋根が付いていて、そこから心地のいいミストが噴き出ているので、日向よりかはマシだ。

 しかし、それでも汗かきの充は汗だくだった。

「くそ……阪急課金するんだった……」

 充が歩く道の真下には、阪急京都本線はんきゅうきょうとほんせんの線路が走っている。

 彼は、自宅の最寄駅、京都市営地下鉄東西線の小野駅おのえきから途中、烏丸御池駅からすまおいけえきで同じく市営地下鉄の烏丸線に乗り換えて四条駅しじょうえきまで移動した。

 四条駅は駅名は違うが、阪急の烏丸駅からすまえきに乗り換えることができ、充の目的地、サイゼ(最後の文字、ヤかア、どっちだったけ? by 作者)四条河原町店しじょうかわらまちてんへは、一つ隣の駅で阪急京都本線終点の京都河原町駅きょうとかわらまちえきへ乗っていた方が圧倒的に便利。

 初乗り運賃は160円。

 そのぐらい払えばいいじゃん、と誰もが思う。

 しかし、充は160円の選択肢を捨て、運賃0円の徒歩を選んだ。

 その理由は……


 京都市営地下鉄の運賃高すぎて、ここまでに290円かかってるから!


 京都市営地下鉄、というより京都市と言えば、財政赤字で今本当にヤバい状態。

 地下鉄は大赤字で、その結果初乗り運賃が日本一高い。

 この前、友だちとカラオケで6時間遊んだこと、特急サンダーバードで福井旅行へ行ったことが重なり、充のお財布は自分の住んでる市並みにすっからかん。

 なので、ここで160円節約するということは、すなわち、来月のお小遣い支給日までの自分を助けることになる。

 ちなみに、地下鉄の料金はまた値上げされるようで、今度は初乗り運賃が250円になるらしい。

 充は今後、なるべく地下鉄の利用を控える方法を考えなければならない。

 そうこうしているうちに、四条通と河原町通がぶつかる交差点に着いた。信号を渡り、右へ曲がって少し進めば、目的地に到着だ。

「ごめん、ごめん! 遅れてしまった!」

 店内に入ると、すぐに他のメンバー、清水俊樹しみずとしき大倉孝之おおくらたかゆきの姿を見つけた。

「お前、5分の遅刻やで」

 と、俊樹。「回復運転せんかい!」

「これでも急いだ方なんやって」

 充は俊樹の横に座った。

「ほんまにお前は遅刻癖治らんな」

 呆れた顔をするのは、テーブルを挟んで、充と向き合って座っている孝之だった。

 そして、孝之の横には、30歳で丸いメガネをかけたスーツ姿の“とある男”が紅茶を優雅に楽しんでいた。

「やっと、全員揃ったね」

 カップを置き、一つ吐息付いた“とある男”は言った。「どう? 高校は楽しい?」

「いや、中学生の方が良かった」

 孝之は背もたれにもたれながらダルそうな声を出した。即答だった。「勉強はムズイし、課題は多いし……ほんと大変ですよ」

「俺は楽しんでますよー」

 俊樹が言った。「この間の文化祭で、告白されたし」

「お前嘘だろ!?」

「嘘やない。証拠にホレ」

 俊樹は驚いている孝之に自分のスマホの画面を見せた。「これ、俺の彼女」

「クソっ! リア充め……。爆◯しろ!」

 悔しがる孝之を笑っていると、“とある男”が充に尋ねた。「充はどうなの?」

「まぁ……ボチボチってところです。はい」

 そうか、“とある男”は3人を嬉しそうな表情で見つめる。

 久しぶりに会った。3人とも高校はバラバラで、去年は受験ということあって、最後に“とある男”を含めて出かけたのは、去年の今頃だった。

「ところで、なんで今日、俺らを呼び出したんですか?」

 孝之が言った。3人は、“とある男”から「河原町駅近くのサイゼに11時30分に集合!」としか知らされていない。(結局、充の遅刻で5分遅れの11時35分に全員が集まった)

「そうや。教えてくださいよ」

 充も“とある男”に説明を求めた。

「あーそうだったね。まぁ、今回はあえて、君たちには何も詳しいことを言ってなかったんだけどね」

 3人は呼び出された理由を今“とある男”の口から告げられた「あえて」という言葉でより一層胸をドキドキさせた。それぞれ、頭の中で色々と予想する。

 3人は“とある男”と出会って、沢山の経験をした。寝台特急サンライズ号のA寝台に乗車、青春18きっぷで、大阪〜門司まで横断など数え切れないイベントを楽しませてもらった。それだけあって、今回のイベントにも“とある男”への期待がかかる。

「で、今回はどこ行くんスカ⁉︎」

 俊樹が少し興奮気味に質問する。「北海道? それとも四国とかですか?」

 すると、意外な答えが返ってきた。

「いや〜それが分からないな〜」

「えっ?」

 分からないってどういうことだろう。

「今回は目的地は決まってないんだ」

 さらに“とある男”が発した言葉がより一層、充たちを混乱させる。

「もしかして、青春18きっぷ使って、どこまで行けるとかの検証ですか?」

 充が挙手して言った。しかし、“とある男”は首を横に振った。「違うんだよな」

「もう! 勿体ぶらずに早く教えてくださいよ!」

 俊樹がそう言うと、“とある男”は笑って、「分かった分かった。じゃあ、もう早速発表しよう!」と言った。

 3人はまるで運動部の選抜メンバー発表会のように緊張した。いざ、発表本番となると、どうしても唾を飲み込んでしまう。

 “とある男”は一つ息を吸う。

「発表します」

「……」

「……」

「……」


「今回、3人には──電車を使って鬼ごっこをしてもらいます!」


 

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