第8話 伝承の赤き竜

 ギルドの簡易拠点ベースキャンプを出て、ドラゴンが確認された火口付近に向かい登頂を続けた。

 数十分程度登ったところでドラゴンのすがたを遂に見ることができた。

 火口付近にいる竜の姿は伝承の書に記された赤き竜の姿と一致している。灼熱のマグマを思わせる赤々とした外殻。腹部や内側の方は黒味がかった灰色に近い色になっている。その体長とほぼ変わらないサイズの翼。翼膜の端の方は焼けたように、穴が開いている。

 特段動くような雰囲気もなく、規則正しく背中が上下していることから、休眠状態のようである。

「不意打ちにはもってこいな状態だな」

 先制攻撃をするにはもってこいの状態で、眠っているドラゴンに対してどうするかを考える。

「片翼を潰せれば楽になるよな?」

「まあ、そうだな」

 ゲイルは提案すると、そのまま身体能力強化しドラゴンの身体の上に一瞬で跳び乗り、背中を駆け、翼の付け根へと辿り着く。ドラゴンは自分の背中に乗った人間に対して攻撃する様子すらないことから、外敵として認識されていないことになる。

「こいつを、喰らえ!」

 収納魔法ストレージから取り出した槍を、翼の付け根に思いっきり刺す。


 グオオオオン!


 ドラゴンは槍を突き立てられたことに怒り、背中にいるゲイルを振り落とす。

「こいつでもう飛べないだろ」

 槍はドラゴンの翼の付け根に深々と刺さり、抜ける様子はない。ワイバーンが空を飛ぶために翼には膜があり、それを使うことで長距離長時間の飛行を行っている。

 翼膜は六割以上あれば飛行能力自体は問題ないが、長距離飛ぶことができなくなる。しかし、翼の付け根に翼全体に魔力を通すための器官、魔核がありそこを潰されると翼が機能不全になり、近いうちに翼全体が壊死する。

 ゲイルは難なく着地すると、ドラゴンと対峙する。

 ドラゴンが体を起こし、自身の巨体をゲイルとジークに見せつける。数十メートルはあるであろう巨体。ゲイルが槍を刺した方の翼はピクピクと痙攣しているが、本体は全くダメージが入っているようには見えない。


 ドラゴンが息を大きく吸い込むような動作を始める。

 それに二人は左右別々に別れ、ドラゴンの攻撃対象がどちらに向くかを見る。

 ドラゴンはゲイルの方を向いた。ジークはそれを確認すると、魔法の詠唱を始める。

「水よ、穿て。アクアピラー」

 水の槍がドラゴンの甲殻を貫こうとする。が、ドラゴンの甲殻は硬く、甲殻を貫けず鱗数枚を落とすのがやっとであった。

「貫くのは無理か」

 鱗数枚落としたところで大したダメージにはならない。注目ヘイトをこちらに向けることすら出来ないところから、ドラゴンは気に向留めていないということだろう。


 火球をゲイルに向けて放つ。ゲイルは直撃を受けないよう岩陰に身を滑り込ませることで難を逃れる。

「うおっ、あっちぃな」

 岩陰に隠れることで、火球を空撃ちさせただけであったが、直撃した岩が高熱を放ちゲイルの肌を軽く炙っていた。

 大したダメージではないが、熱波をもろに受ければ命の保証はない。ドレイクの息吹ブレスと比べて熱量は数倍以上ある。直撃すればほぼ確実に死ぬだろう。ゲイルの着けている鎧ですらドラゴンの息吹の前ではあってないようなものであった。

 目の前に立ち塞がる竜の圧と、一瞬の判断ミスが死につながる。その恐怖に負けることなく、立っている。それだけでも奇跡に近いものであった。

「いいねぇ。このヒリつく感じ。たまらねぇな」

 ゲイルはこの状況すら楽しんでいるような雰囲気であった。

 収納魔法から新しい槍を取り出す。

「ジーク! こいつの動きを止めろ!」

 ゲイルが生きていることを確認したドラゴンは間髪入れずに尻尾で薙ぎ払う。ゲイルは近くにあった岩に身を隠す。空を切った尻尾の一薙ぎで地面を削り取る。

「一挙手一投足が致命傷か、あんまり悠長にしてられないな」

 ジークはドラゴンの翼に狙いを定める。

「穿て、氷よ。アイスピラー」

 氷の槍がドラゴンの翼膜に刺さり、凍結させる。その衝撃でドラゴンの注目がジークに向かう。その一瞬、たった一瞬の隙をゲイルは見逃さなかった。

 手に持っていた槍に魔力を込め、投げる。

 槍投げの要領で投げられた槍は、ドラゴンの翼の付け根にキレイに刺さる。


 グオオオオオ。


 付け根に刺さった槍は奇跡的にドラゴンの魔核を貫いていた。これで両翼を潰したことにはなるが、そうなったドラゴンの怒りをゲイルは一身に受けることとなった。

「ゲイル!」

 ほとんど予備動作のない一撃。ドラゴンが咆哮と共にゲイルを尻尾で叩き潰した。

「マジかよ」

 圧倒的な力の差。根本的な種族の違い。絶望的な状況下と言う方が正しいこの状況でジークは笑っていた。

 伝承の赤き竜との本当の戦いがここから始まることに歓喜していた。

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