第44話 仲直り
起き抜けのタリヤはカザクをつかまえて言った。
「ねえ……サラーナのうちってどこ?」
昨日タリヤは泣き疲れたのかあのまま眠ってしまったのだ。カザクの腕の中で。
長椅子にそのまま寝かせたら凍えてしまいそうだった。カザクは寝台の毛皮の中にタリヤを運び、しっかりとくるんでやった。
はからずも婚約者を寝かしつけてしまい、カザクは複雑な気分だった。これは子どもにすることではないだろうか。
どうやらタリヤはそのままスヤスヤ安眠したらしい。服は昨日の物だし、しわくちゃだ。髪も編んではあるが崩れている。編み直していないのだろう。
カザクはなんと言うべきか逡巡して、結局小言を口にした。
「そういうことは身支度を整えてからにしろ。飯を食ったら連れて行ってやるから」
叱りながらも面倒をみてしまう。なんだか妹扱いだった頃に戻ったような気がしてカザクは苦笑いした。
***
だがたぶん、心は整っていない。カザクの隣を歩いているがなんだか心細そうだった。
考えてみれば対等な間柄の友人との喧嘩など十年ぶりなのだった。つまり村にいた幼い頃以来だ。
これが喧嘩というものなのかはともかく、仲直りできるか不安で仕方ない。でもとにかくサラーナと話さなければいけないのだ。
思い詰めて唇をキュッとしているが、まぶたは腫れぼったい。
最近大人っぽくなったと思っていたタリヤの中に、やはり変わらない部分があることに気づいたカザクは何故か安心した。
魔導師二人揃っての訪問に司馬の館はざわついた。それはそうだろう。お互いの立場というものがある。アルスターナでも屈指の地位にあるタリヤ達とビリグだった。
だが娘のサラーナに会いに来たのだと伝わるとエルディンが飛び出してきた。
「昨日はうちのお嬢さんが気づかいのないことを申し上げました」
謝られるが、タリヤはふるふると首を振った。
「サラーナは悪くないの。私の方こそひどかったわ」
とにかく応接間に招き入れられた。部屋は暖かくされている。長椅子を勧められ、二人は並んで座った。
パタパタと足音が近づいてサラーナが飛び込んできた。なんとも行儀が悪い。だがサラーナだってそうせずにはいられない気持ちだった。
「タリヤ!」
駆け寄られてタリヤは立ち上がった。それをサラーナはギュッと抱く。
「ごめんなさい。私あなたを傷つけたわね」
「ううん、私も気持ちを抑えられなくてごめんね。サラーナは私が子どもの時にしたことなんて知らないのに」
カザクは座ったままでタリヤを見上げた。あの事だろうか。タリヤが自らその話を口にするなんて。
タリヤはそっとサラーナから身体を離して言った。
「私ね、七つの時に家族を殺したの」
サラーナは目を見張ってキョトンとし――言われた意味がわかってから青ざめた。
「とにかく二人共座れ」
静かにカザクが言って、タリヤはその隣に戻る。サラーナも向かい合って座った。
タリヤはポツポツと話した。
人買いに売られそうだったこと。怖くて魔力を暴走させたこと。買いに来た男も両親も妹も殺してしまったこと。駆けつけた術監処の魔術師すら何人も死んだこと。
意外と正確にあの時の出来事を理解していたんだなとカザクは頭の隅で感心した。だがそれ以上に、その後悔を鮮やかに抱え続けるタリヤが痛々しかった。
「そういう事をしたから、私はもう人を殺すのが怖いの。それが戦場であっても」
「――タリヤ」
サラーナは唇を噛んだ。どう言えばいいのかわからない。わからないから、サラーナは行動で示した。立ち上がってタリヤを再び抱きしめたのだ。
「タリヤはいい人よ。私が保証する。こんなに心の綺麗な子、なかなかいないんだから」
過去の何かはもういい。今のタリヤを受けとめるとだけ仕草で伝えて、サラーナは少し鼻をすすった。みっともない。
そして頭を抱えられてモゴモゴしながらタリヤは思った。いつもシルはこんな感じなのかと。
「あのねタリヤ、私――」
サラーナはタリヤを放して考えた。
サラーナが戦いたいと思ってしまった理由をどう説明すればいいのか。しばらく視線を落として迷う。
「たぶん――自信がないの」
「サラーナが?」
タリヤは驚いた。いつもハキハキしたサラーナに自信がないと言われては、タリヤなどどうすればいいのか。
「私、普通に結婚して手仕事に精を出して子どもを育ててとか、ピンとこないのよ」
それはわかる。タリヤだってついこの間まで結婚など考えたこともなかった。
「でも男の人のようにはさせてもらえない。じゃあ私はどうすればいいの。私だって自分を試したい。何ができるか知りたいのよ。女らしいことはできないから」
切実な声で訴える。人それぞれ考えることは千差万別なのだなとタリヤは思った。
自分を試したいとはサラーナらしい。向上心に満ちた悩みだった。
***
無事に仲直りしたタリヤを見送ってサラーナはため息をついた。自分の未熟を恥じてしまう。
人にはいろいろあるのだ。
サラーナ自身は生き物はいずれ死ぬものだと考えている。別れは突然来ると。それを悲しみはするが、そういうものだと受け入れる覚悟はあるつもりだった。
だがタリヤはその悲しみを受けとめきれずにいる。
愚かな綺麗事だと一蹴するのは簡単だ。けれどなんて純粋で美しいんだろう、とも思った。
「あんな子だから、カザク様はタリヤがいいのね……」
「おや、お嬢さんもカザク様をお好きなんですか」
呟いたサラーナをエルディンが混ぜっ返す。サラーナは吹き出した。
「確かにカザク様は美形だし強いんだろうけど。ちょっと愛想がなさすぎない? 一緒に暮らしたらビクビクしちゃいそう」
「俺は好きですがねえ。愛想笑いばかりで何考えてるかわからないよりましじゃないですか」
「だからオルタがいいのね」
「おや、ご存知で」
しれっとエルディンは恋人の存在を認めた。オルタというのはサラーナ付きの女中だ。街歩きの供に出たりもする。カザクを街中で捕まえた時にもいて、サラーナの態度にため息ばかりついていたあの女中だ。
身近な者が幸せになるのは嬉しいのだが、ずけずけと物を言うところがそっくりの二人だなとサラーナは思った。
***
次回、第45話「夢をみる」
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