第26話 草原のカザク



「タリヤ様、私、ジョチ隊長さんの所に行ってみたいです。今日は出動がなくて時間があるそうなんです」


 厩舎きゅうしゃを見てみたいシルにおねだりされて、タリヤは承知した。だがその後で市中の護衛役が昨日からいないことを思い出す。

 どうしようかと思ったが、当たり前のようにカザクがケリを連れて同行してくれた。館に話が来たのならカザクも了承済みに決まっているのだった。

 そんなこんなを全てカザク任せにしてきたのだとタリヤはあらためて情けなくなった。



 言葉は交わさなくても、カザクと並んで歩くととてもしっくりくる。カザクの雰囲気もなんだか穏やかでタリヤの心は少し落ち着いた。

 この感じが好きだ。変わらずにいたいと思うのはいけないことなのだろうか。




 三隊のうまやで、シルは隊員達に歓迎された。そりゃあ誰でも可愛い女の子に何かを教えるのは好きだろう。

 ジョチが馬を曳いてきてカザクとタリヤにも渡してくれた。二人共ついでに乗っていけとうながされて跨がると、ジョチはそのまま二頭の馬を出口まで牽いて行った。


「え、ジョチさん?」


 きょとんとするタリヤに構わず、カザクは手綱を握り直す。


「じゃあ、あの子達を頼む」

「おう。行っておいで」


 笑顔で見送られ、タリヤはカザクと馬を並べて歩き出した。

 ここは街の端。三隊が守る門を出ればすぐに草原が広がる。


「どういうこと、カザク?」

「少し乗りたいだけだ。行くぞ」


 カザクの馬が走り出し、タリヤも後を追った。




 頬に当たる風に自然と笑みがこぼれた。

 ドドッドドッという蹄の響きに後押しされて頭が上がる。

 胸を張って、彼方を見る。



 なんだかわからないうちに草原まで連れ出されてしまった。

 ジョチもあらかじめ知っていたようだし、これはカザクに仕組まれたことなのだろうか。もしかするとシルやケリまでグルかもしれない。

 タリヤはいつもこうしてカザクの掌の上で転がされているのだった。情けないが、カザクはそうやってタリヤを守ってきたのだろう。

 今やっと、タリヤがそれに気づけるようになっただけだ。




 何もない草原のただ中まで来て、カザクは脚をゆるめた。タリヤも並んで馬を歩かせる。


「――カザクは草原だと、いつも嬉しそう」

「おまえもだろう。馬に乗れば自由になれるからな。あんな都にはいたくない」


 遠くを見るカザクの目は、強い輝きに満ちていた。風になびく金髪が白くきらめく。


「じゃあなんで、あそこで我慢してるの」

「へなちょこタリヤを連れて出て、草原で暮らせたか?」

「ひどい」

「まあ最近はそうでもなくなってきた」


 珍しくカザクが笑って、タリヤはそのことがとても嬉しかった。

 ただ一緒にいるだけじゃない。幸せに一緒にいたい。なんだか気まずかった数日はとても辛かった。


「――俺と、都を出よう」


 カザクは馬を止めた。


「俺と一緒にいるなら、きっとそうなる。王宮に飼われているのは嫌いだ。アルスターナなんか捨てて、どこかに行くと思う」

「どこかに?」

「水の枯れた都は滅びるだろう?」

「――そんな都、カザクがいてもいなくても住んでいられないじゃない」

「そう。だから俺と来い」


 カザクは何か腹を決めたのだろうか。こんなに清々しいカザクは見たことがないかもしれない。目が離せないまま、タリヤの唇は動いた。


「――結婚するってこと?」

「ああ」

「ねえどうして? 結婚とか、そんなんじゃなく私達はもう、つながっているでしょ? なのに結婚しなきゃいけないの?」

「――俺は、そうしたい」


 タリヤを誰にも渡したくないから。そう思ったのだが、カザクは少し言い訳もした。


「世間的にはそういうものだろ? さもなきゃ妃になれだの嫁に来てくれだの、ずっと言われるぞ。俺だって、どこかの娘との話が持ち上がる」

「え。そういうの、あるんだ」

「まあ、ある」


 タリヤは少し考えて、釈然としない顔になった。

 カザクがどこかに行ってしまう。それとも知らない女性があの館に来る。そんな。


「なんか、嫌ぁよ……」


 カザクは小さく笑った。嫌がってくれるだけ進歩している。ついでなので少し恨み事を言ってみた。


「おまえ自分はアヨルクに甘えるくせに。昨日の朝のはなんだよ、部屋に籠ってたのにわざわざ出てきて」

「甘えてなんかないけど……あの人には、なんだか頼りたくなるんだもん」

「俺に頼れよ」


 不機嫌にされても。タリヤは眉を寄せた。


「カザクのことで困ってるのに、カザクに頼れないでしょ」

「俺のことなんだから、俺に言え」

「そんなあ……」


 カザクと結婚するかどうかの話を本人と相談するのは違うだろう。

 そもそも何故、カザクはタリヤとの婚姻を求める気になったのか。

 タリヤだってカザクのことは好きだ。でもカザクがタリヤに抱く感情とは違うのではないか。どうにもモヤモヤする。


「私だってね、カザクが好きなの」


 小首を傾げながら言うタリヤを、カザクはあまり期待せずに見た。


「でも、結婚って何?」


 やはり。カザクはため息を押し殺した。

 その感覚もわからなくはない。すでに家族のようなものなのだから、改めて家族にと言われても戸惑うばかりだろう。だがタリヤとカザクが前に進むためには、その仕切り直しが必要だ。


「わからないならわからなくていい。それでいいから俺と来い」



 草原は自由だ。

 誰の耳もない。心の内を吐露しても、きっと許される。

 カザクはいずれタリヤを連れて都を出ると決めた。だから、この草原でタリヤにそれを告げたかったのだ。







 ***


 次回、第27話「約束したけど」。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る