第4話 少女たち


「ね? シルはとても可愛いでしょ?」


 中庭に造られた池に顔を映して、タリヤはシルの髪をなでた。

 シルは可愛らしい薄紅色の長衣カフトルを着せられている。髪も綺麗にして何本にも編んでもらった。結婚前の娘は髪を細かく編むのがおしゃれなのだ。


「……タリヤ様の方がずっと綺麗です」


 そんな風に着せ替えられても、隣に映るタリヤが美しすぎてシルは自分などどうでもよくなってしまう。



 タリヤはとても綺麗だが、実はとてもお茶目な人だった。

 こうしてシルを飾って遊んだり、踊りを教えてくれたり、台所から盗み食いをして怒られたり。

 シルはただの少女のタリヤを知って、タリヤがもっと好きになった。



 中庭に池があるのはとても贅沢だ。水はとても貴重なものだから。アルスターナでも一部の貴族の館にしか池などない。

 水に手を浸しパシャパシャと遊ぶタリヤにシルは見惚れた。


 空色のタイルが敷かれた上に唐草模様の毛織物を広げ、いくつも置いたクッションに寄りかかってくつろぐタリヤ。

 まるで気ままな猫のようだ。


 タリヤは自分を見つめていたシルに手を伸ばし、笑って抱き寄せた。なすがままの女の子はクタリと胸におさまる。

 スリ、と寄せた頬は柔らかい。

 タリヤから何かいい匂いがしてシルはうっとりするのだが、シルからも幼い子特有の甘い香りがする。タリヤはそれが好きだ。


「シルが来てくれて、とっても嬉しい」

「私もタリヤ様のところに来られて幸せです……でも私よりカザク様を大切になさらなきゃ。お二人はご夫婦ではないのですか?」


 タリヤに抱かれているのはとても心地よいのだが、シルは疑問を口にしてみた。

 何故小間使いの娘などを可愛がるのだろう。


 最初は無愛想で怖いと思ったカザクも、表情に乏しいだけだとシルにはすぐわかった。

 タリヤに対してはかすかな笑みを見せるし、からかうような事も言うし、それで拗ねたタリヤを抱きしめてなだめたりもする。機嫌を直したタリヤはその腕の中で甘える。

 寝室は別になっているが、いつもの二人の近さからすると夫婦でもおかしくないとシルは思うのだ。

 じゃなければ、何故同じ館で暮らしているのか。


「カザクはカザクなの」


 コロコロとタリヤは笑った。


 タリヤにとってカザクはカザク。カザクにとってタリヤはタリヤ。

 他の何者でもない、唯一無二だ。

 夫だの恋人だのよりも、よほどかけがえのないものだとタリヤは思う。



 シルは身体を起こして、タリヤを憧れの目で見た。少しはにかんで言う。


「お二人が並んでると、綺麗だなあって嬉しくなるんです」

「そう? 並んだ見た目なんてわからないけど。そうね、カザクといるのは好き」

「じゃあ、ずっと一緒にいて下さい」


 シルが真剣に言った時、そのカザクがふらりと中庭に出てきた。従者のケリも一緒だ。仲睦まじい少女達を見て二人の表情がゆるむ。


「何の話だ? シルはタリヤの所にずっといてくれるのか」

「はい、もちろん置いていただけるなら! でも今のは、カザク様とタリヤ様が一緒だと嬉しいな、て思って」

「俺達?」


 照れながらうなずくシルにカザクの胸がざわめいた。タリヤを他所にやりたくないと市場バザールで感じたのを思い出す。

 そんな気持ちを押し隠しながら、カザクはタリヤの隣に座った。それを見てシルは嬉しそうだ。


「ほら、とってもお似合いです」

「――正反対だけどな」


 ぶっきらぼうに言われて、タリヤはドンッとカザクに身体をぶつけた。肩にもたれながらふくれっ面をしてみせる。

 自分の視線が熱を帯びたように感じてカザクは目を逸らした。タリヤが無邪気に見上げるのが目の端に映った。

 自分の気持ちをごまかそうと、カザクは並んだ子ども二人の方に話を向けた。


「おまえ達も似合いだと思うぞ。それにシルは美人になりそうだ。ケリは今から予約しておいた方がいい」

「……何を言うんですか」


 突然そんなことを言われ、ケリはほんのり顔を赤らめて数歩下がってしまった。ここに母のアルマがいなくてよかった。聞いていたら何を言われるかわからない。

 するとタリヤがいたずらを思いついた顔で目をクリッとさせた。


「私はカザクといるのが一番好き」

「――そうか」

「でもシルもいるといいな」

「――そうだな」


 タリヤはえいっとシルを腕の中に引っ張り込むと、そのままカザクの胸に飛び込んだ。二人まとめて受け止めてカザクは顔をしかめた。

 だがすぐに、今はこれでいいと思い直す。


 クスクス笑うタリヤ。その吐息をくすぐったそうにして震えるシル。呆れた顔で見ているケリ。


 幸せそうな者達がその腕にあるのは悪いものではない。

 これから何が変わっていくかなどわからないのだから、今の幸せは抱きしめておくべきなのだった。







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