第17話 護衛の男
アヨルクとアルマ、ケリの関係を聞いたカザクは、彼が館に滞在する許可を与えた。こちらとしてもその方が都合がいいのは確かなのだ。
だがまだ若い、独り身の男が館にいるなど珍しい。ジョチもバトゥも既婚者だ。もしかすると意図的にそんな事態が避けられてきたのではないかとケリは思いついた。
たぶんタリヤのために、カザクが計らってきたのだ。いや、タリヤに虫をつけないのはカザクのためなのか。
その辺りはケリには判断つかないので、ひとまず主人に謝ってみる。
「僕がシルを守れるくらいならよかったんですけど。すみません」
他所の男の手を借りる羽目になったことを謝罪する少年の気遣いを、主人の方は少年自身の悔しさだと受け取った。
「おまえもすぐに強くなる。シルを大事にしてやれ」
「……はい」
ケリが伝えたかったことは、少し違う。だが自分の手でシルを守れればというのも正直な気持ちではあるので否定しなかった。
せっかくここに居ることを選んでくれたシルだから、できればケリがなんとかしてやりたい。少年が稽古に励む理由としては十分なものだろう。
強くなりたい。大切なものを守れるぐらいに。
明日はアヨルクにも剣の教えを請うてみようかとケリは考えていた。
***
だがアヨルクは、タリヤの供をして出掛けることになった。
シルも一緒だ。誘拐未遂以来初めての外出で、
「それ、いる物か?」
「いるの。女同士のことに口を挟まないでよ」
お揃いの物で可愛くする、という大切さがわからないなら黙っていてほしい。タリヤはツーン、とそっぽを向いた。
館に籠っていてはシルのためにも良くない。だから護衛がいる時に再び市に行き、もう怖くはないと納得させた方がいい。
そうタリヤに言われてカザクは言葉に詰まった。なんて真っ当な理屈だろう。タリヤなのに。
この外出が気に食わない理由は単に嫉妬なのかもしれない。アヨルクの態度はなんだかタリヤに馴れ馴れしいから。
そう思い当たって、カザクは表情を消して三人を送り出した。
***
街に出たので今日のタリヤは大人しく振る舞うようにしている。
それにアヨルクにも、まだどう接していいのかわからない。どこまで素顔を見せていいものなのか。
せっかくなのでシルのためにも、頼れる女性になれるよう頑張ろうと思う。
そのシルの右手と、アヨルクの左手。しっかり繋いで歩いていると父娘のように見えなくもない。そう気づいたアヨルクは情けなさそうに笑った。
「俺もそんな歳か」
「ごめんなさい?」
首を傾げながら謝ったシルの頭をガシガシと撫でる。
「子どもが気を回すんじゃないよ。俺達が父娘ならタリヤが奥さんてことになるからな。こんな美人を連れて歩けるなら、まあいいさ」
言いながらヒョイとタリヤの肩を抱く。カザク以外の男にそんなことをされたのは初めてで、タリヤは息をのんだ。その反応でアヨルクはすぐに手を離す。
「おっと駄目か。まあシルの母親というには若すぎるし、無理がある」
こいつは男慣れしてないと一瞬で気づいて飄々とあしらうアヨルク。どうやら遊び慣れているようだった。
普通の女の子みたいに扱っていいかと訊かれたので了承したのだが、肩を抱くまではやりすぎだろう。普通ってなんだ。
カザクとならなんでもないのに、とタリヤはドギマギしてしまった。
「シルは八つだったな」
「アヨルクさんは、いくつですか」
「二十八だよ。完全におまえとは父娘でいけるぜ」
「おとうさんて、こんな感じ……?」
「どうだかなあ」
アヨルクもそれは自信がなかった。
フラフラと気ままに遊び歩いてきて、父親らしさも何もあるわけない。
惚れた女が手に入らないならそんな暮らしの方がまだマシだ。二番目、三番目の女に縛られるなんて御免こうむりたいのだった。
シルは親を知らない。アヨルクが父親らしいかどうかはわからないが、大人と手を繋いで歩くのはなんとなく嬉しかった。
シルが嬉しそうなのはタリヤも嬉しい。だがタリヤの父は、食い詰めた挙げ句タリヤを売ろうとした男だった。親などというものに良い印象はない。
これまで親だの夫婦だのといった関係に興味はなかった。むしろ避けていたのかも、とタリヤは思った。
そんなことに気づいてしまうのは、王妃ミュリスから婚姻の申し出があったせいだ。あれからいろいろと意識してしまう。
相手として名が上がったのは太子ウォルフなのに、タリヤが考えてしまうのはカザクのことだった。
カザクとずっと一緒にいるには、どうしたらいいのだろう。
「タリヤ? どうした、せっかくシルと出掛けられたってのに」
思いに沈みそうなタリヤをアヨルクが引き戻す。
優しく受け止めてくれるその視線はなんだか深かった。あまり知らない男なのにうっかり頼りたくなりそうで、タリヤは唇を噛んだ。
***
次回、第18話「信頼」。
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