第6話 初の選択肢ですわ

私のお気に入りのパーゴラに寝そべり、私を睨みつけるヘンリー王太子殿下。

綺麗なブロンドヘアで、くりんとした瞳。

ぷにぷにとしたほっぺの可愛らしい男の子だ。

うーん、でも何かに似ている。

そうだ。チワワだ。彼はまるで金髪のチワワなのだ。

やーんかわいいー♡


「何だお前は?何を見ているんだ。」

ヘンリー王子は私に向かってすごんではいるが、もはや私には金色のチワワがキャンキャン吠えているだけにしか聞こえない。


「ヘンリー様、『何だお前は』は失礼ではございませんか?ここは私のお家ですのよ!(ヘンリー様お初にお目にかかります。私はこの家の娘でございます。)


私に返されて、びくっとするヘンリー王子様。

反撃されるとは思ってなかったのか、チワワの尻尾はくるんと丸まっている。


「う、うるさい。僕は王太子殿下だ。その僕がほっといてくれと言ってるんだ。もう向こうに行ってくれ。」


「それは出来ませんわ、殿下。(申し訳ございません、殿下)

わたくしは陛下に殿下をお迎えにあがるようにと仰せつかっておりますのよ。(陛下より殿下をお連れするように命じられております。)

さっさといらしてくださいませ。(それでは私と参りましょう。)


「い、今、さっさと申したのか?ぶ、無礼者!」


ヘンリー王子の従者とマーサは、お互いに顔を見合わせておろおろしている。


「あら、つい私の心の声が洩れてしまいましたわ(誠に申し訳ございません。うっかり口をすべらせてしまいました。)」


ヘンリー様は私の返答に口をあんぐり開けて固まってしまった。

これってマジ不敬罪にあたるわよね。

そんな私の心配をよそに、突然空中に文字が書かれた透明のボックスが現れたのだ。

驚く私だったが、他の者には見えていないようだ。

というより、時間が完全に止まっている。

ヘンリー王子様も、従者も、マーサも、飛んでいた虫たちでさえその場に固まってうごかないのだ。


そのボックスには指示のようなものが書かれている。

これが駄女神が言っていた「選択肢」なのね。

どの選択肢を選ぶかで、今後の展開が変わるのね。

やってやろうじゃないの。


選択肢にはこう書かれていた。


1.手を引いて連れて行く


2.足を引きずって連れて行く


3.肩に背負って連れて行く


えっ、何これ?

連れて行き方が書いてあるだけですよね?

選択肢ってこうじゃないでしょ!

選択次第でイベントが大きく変わるものよね!

あぁぁぁぁ!あの駄女神め!


っていうかまともなのは1.しかない。

他の2つば絶対あかんやつやん。


他に選択する余地がないので、私は1を選択した。

選択すると透明のボックスは全て消え、再び時間が進み出した。


「さあ、殿下参りましょう。」

私は殿下の腕をむんずっと掴むと、ひょいと殿下を立ち上がらせた。


「お、お前力強いな…。」

私の力の強さに驚くヘンリー王子。憎まれ口を忘れ、素直に感心したようだ。


「侯爵令嬢の嗜みでございます。」

私がヘンリー王子に満面の笑みを向けると、ボンッという効果音とともにヘンリー王子の顔は真っ赤になってしまった。


「ヘンリー殿下。私がいつまでも腕を掴んでいるのは味気ないですわ。(ずっと腕を掴んでしまい失礼いたしました。)手を握ってもよろしいでしょうか?(わー私なんてこと言うの!)」

ボンッ。ヘンリー王子の顔のあたりで再度爆発音が鳴り響く。

悪役令嬢語は言葉だけに留まらない。

私の意図していない行動まで伴ってしまうのだ。


「よ、よきにはからえ。」

真っ赤な顔をしながらうつむくヘンリー王子。

私たちは手をつなぎながら、陛下の待つお屋敷へと向かったのだった。



・・・・・・・・・・



後に私とヘンリーの初対面を、当時の従者ノムさんはこう語っている。


「ええ、それは利発そうなお嬢様でした。あのヘンリー様が陛下以外で他人の言うことを聞いたのを見たのは、私は初めてでした。」


「その時のヘンリー様の表情ですか?そうですね。

どんな表情をしたらいいのか困っている様子でした。

私には、ヘンリー様が笑われたいのを必死でお耐えになられているようにも見えましたね。」


「お嬢様があの悪役令嬢ですって?いえ、それは何かの間違いでしょう。

確かにお嬢様の話し方には皮肉がたっぷり含まれていましたが、ヘンリー様を気遣う優しさがございました。

私にはお嬢様があの悪名高い悪役令嬢とは到底思えません。」

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