人欲-10

 自宅で「コスモス」のアップデート提案書を書いていると先輩の村田さんの企画を元に新プロジェクトを始める旨のメールが届いた。


今回はあんまりいいものが出せなかったと思い、「承知しました。微力ながら協力いたします」と返した。



 わたしは失敗することは恐くない。この仕事では何がどうなってもよかったから。


景雪に潰されたものを考えれば、あれ以上に落ちることはない。



 それから着替えてIT企業の交流会に行った。本高は体調不良で来なかった。嘘だと思う。そしてそんな彼をわたしは責めなかった。


甘やかしすぎと樫木に言われた。これだから女は、とも思っているんだろう。



 会場はホテルの大宴会場で、片っ端から挨拶をする樫木の後をついて挨拶をした。



 あるニュースサイトの大柄の男性から「御社は若くて綺麗で華やかな女性営業が居ていいですね」と言われた。



 わたしは淡く笑った。



 帰りに「やっぱり松倉さんいるとこういうパーティーのとき便利でいいわ」と樫木に言われた。



 水洗トイレのレバーを引くように、その軽口をききながす。わたしは樫木の無神経が特別とも思わない。


どんなに動画教材でダイバーシティを学ぶよう会社が促進しても、知識を入れたとしても、遺伝子レベルで考えを矯正しないといけない人間は多いだろう。


ニュースを見ても「なぜそんなばかなことを」という失言をし、地位を失うひとのことを何人か知っている。



 気にしないふりをしても、やっぱり気分が落ちる。自分が頑丈にできていないことを自覚するのがしんどい。


レズビアン風俗に予約を入れた。気分がいいときにレズビアン風俗を利用することはほとんどない。


つまり、気分が落ちたからレズビアン風俗に行く、レズビアン風俗に行くと世界が輝いて見えるようになるという思考の流れになっている。


あんまり上手にイケない日でも、誰かと触れ合えればそれでよかった。自分の体で、誰かの体温を感じることが幸せだった。



 ホテルの前で樫木と別れ、わたしは銀座から有楽町駅まで歩いた。品川・渋谷方面の山手線に乗り、きょうは「アイ 二十五歳」を予約した。



 いつものラブホテルを予約し、アイを待った。この前女性用風俗を利用した際、このホテルを指定しなくてほんとうによかったと思った。


勝手がわかっているのでまるで自宅のような安心感がある。ここに嫌な思い出を刻みたくなかった。



 インターホンが鳴り、扉を開けた。



「はじめまして、アイです。きょうはよろしくお願いします」



 真っ黒なショートボブのヘアスタイル。二重瞼の瞳も、小高い鼻も、きっとどこかで見たことがある。だけど、すべてがいままで出会った女性と違った。



 わたしはあんまり、他人を「好き」と思えないのだった。これも景雪のせいだとわたしは思っている。



 いままで辞めたひとも含めて東京に存在する数少ないレズビアン風俗嬢と出会ってきたわたしだが、恋人にしたいと思ったことはない。


わたしは恋人が欲しいわけじゃなかったから、恋人をつくるためにマッチングアプリを使用したり、レズビアンの集う場に行ったりするようなことはしなかった。



 相手に自分の時間を取られたり、他人のために何かをしたりと、そういう生き方がわたしにはできないと思った。


だから、気軽にひと肌を触れ合わせて、お金が間に入ってくれるおかげで面倒ごとが生まれないレズビアン風俗は、わたしにとっては好都合だった。



 容姿端麗なひとはいたし、このひとと居ると自分の人生の淀みがなくなるんじゃないかだなんて期待してしまうような性格の聖人も居た。でも、それらすべて、間にお金があったから成り立つ関係だとはっきりと理解していた。



 でも、この子はなんだろう。



 アイが不思議そうにわたしを見つめ、瞬きしている。



 目が好きなのだと思う。目の形というより、視線。彼女から送られてくる見えない光のようなもの。



「ごめんね、入って」



 彼女を招き入れてベッドに座り、少し話をした。



「きょうはあったかいですねぇ」と笑った。公表しているのが実年齢であればわたしより年下だが、老猫のような愛らしさがある。


何も話したくないし、シャワーもしないで抱きつきたいくらいだが、ギリギリの自制心で己を保った。



 心臓が激しく上下する。



 アイは愛の権化。



 陳腐かもしれないが、そのことばが胸に落ちてきた。

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