人欲-6

 何があろうと毎日、日は昇る。わたしの情緒に関係なく、平日は仕事をしないといけない。


この会社に好んで勤めているのはわたしなのだから。


 きょうは、新規の顧客への訪問がなく、導入顧客へのフォローが主なので少し気が楽だ。でも、なにか嫌なことを言われたらきょうは耐えられそうになかった。



 訪問は卒なく終わり、ひたすら「コスモス」のシステムに感謝されて終わった。



「きょう元気ないですね」



 同行した本高が天気の話をするように言ってきた。



「なんでわかるの?」



「顔見たらわかります」



「わたしってそんなわかりやすいの?」



「お客さんの前では、表情出ないと思います。でも、客先出るとスイッチ切れますね」



 前にも誰かに言われたことがある。きっと明子さんだ。



「わたしこれから家に帰って家で仕事するね」



「承知しました。ぼくは帰社します」



「それじゃあ、お疲れ様」



「はい、お疲れ様です」



 地下鉄から山手線に乗り換え、大崎で下車した。



「結婚はしたほうがいい」「子どもは産んだほうがいい」「人生変わるよ」



 わたしにとっての呪いのことば三つのワンセットが頭の中を渦巻く。



 憧れの明子さんはいつの間にか、凡庸な価値観の持ち主に成り下がっていた。そんなことで変わってしまう価値観などそもそも確固たるものではなかったのだろう。



 でも、もしかしたらほんとうに「そう」なんじゃないかと思う自分もいる。


たしかに、自分の体に命が宿るなんて神話みたいだ。子どもができた。「そんなことで」と思う反面、「そんなたいそうなこと」が起きれば価値観が変わるのも無理がないのではないだろうか。



 19歳のとき、自分は欠けているんだと気づいた。この欠けた部分を何かで埋めたくて仕方がなかった。


誰かの肉体が欲しくて欲しくてたまらなかった。男性に対しての憎しみがいちばん強い時期だったから、女性はどうだろう? と思い、なかば興味本位でレズビアン風俗を利用した。


相手はマチさん。二十六歳だった。彼女にリードしてもらい、わたしは何度も何度も快楽の海で溺れた。


別にヴァギナにペニスを埋めるなんていう行為をしなくても十分、わたしは満たされた。


けれど、まだ自分は欠けている気がした。あの頃はまだお金がなかったからアルバイトで稼いだお金で月に一、二回レズビアン風俗を利用した。恋人をつくる気は起らず、いろんな女性の体をずっと泳ぎ続けたかった。


 考えてみたらわたしは男性を好きにならないと決めつけたときから、一度も「確認」したことがなかった。必要がなかったから。

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