第15話 Shkebでおしごと受けてみた

〈効果的な練習法は上手い絵の模写。結局は模写に尽きると私は思っている〉


〈模写っすか。やってはいます〉


〈だれか特に参考にしている絵描きはいるか?〉


〈えーと、本人に言わないでほしいんですが、オイスター先生の絵は役立ちますね。あいつ一枚絵だけじゃなく漫画もやってていろんなアングル描いてるし、献本毎回送ってくるから手元に実例豊富にあるんで〉


 てりぃ先生と俺はチャットで話していた。

 打倒オイスターに向けて真面目に打開策を練っているのだ。


〈なるほど。だが模写する相手がひとりに偏るのは良くない。絵柄が影響を受けすぎてその絵描きのコピー版になってしまいかねないからな〉


 似たようなことをオイスター先生も言ってたなあ。

 複数の「絵の師匠」を作れと。

 なので俺は画面の向こうのてりぃ先生に向けて打ち込んだ。ちなみに現在は液タブがPCのモニターを兼ねている。


〈じゃあてりぃ先生の漫画を模写します〉


 反応が返ってくるまでにすこし間があった。


〈別にいいが、私本人に言うのだな〉


 あれ。もしかして照れてる?

 なんて思ったが違ったようだ。


〈オイスター先生の模写は本人に言うなと口止めしたのに、なぜ私には告げる?〉


〈てりぃ先生は普通に流してくれますが、オイスター先生はたまに調子に乗るんで……〉


 友人だがそのへんは一切気を許していない。

 あいつは煽るときは雑魚ザコざぁこと死ぬほど煽ってくる。許さぬ。

 呆れているのかまた間が開き、それからてりぃ先生は聞いてきた。


〈そもそも……君と彼女の勝負についてはよく知らないのだが。オイスター先生を絵で見返すといっても、何をするつもりだ?〉


〈それなんですよね……感情にまかせて言ったからかなりふわっとしてるんですよ。

 そもそも俺があいつを「上回る」のはまず無理、ですよね?〉


〈絶対に無理だな。君が「才能持ち」であることを踏まえ、これから急速に伸びると仮定しても、画力、実績、各種SNSでのフォロワー数、すべてにおいて一年では彼女の影を踏むことすら不可能だ。

 彼女がとち狂って絵を左手で描き始めるとか、SNSを凍結されてフォロワーがゼロになるとかでもない限りは〉


 だよね。

 そもそもてりぃ先生のいう「才能」──絵に打ち込む熱情を俺が持っているとしても、それはオイスター先生もおそらく持っているものだ。

 基盤が同じだとしたら、積み上げた年数でどうしたって差がつく。


〈うーん……でも、上回る必要は実はないんですよね。あいつが認めざるをえない実績を出せればいいというか。

 仕事とれるレベルになってやると口走った気もします。つまり、絵で金を稼げればいいのでは?〉


〈……単純に金を稼ぎたいだけなら簡単だ。個人間のコミッションという手がある〉


〈おお! ネットを介して絵のお仕事を受けるんでしたっけ。試しにそれやってみます!〉


〈地道にチュイッターに絵をアップしてフォロワー増やしていったほうがいいと思うが……まあこれも経験か。

 創作コミッション仲介サイトに登録すれば依頼は来る。たぶん〉





 登録してみた。

 仕事の依頼は来なかった。

 代わりに即日、チュイッターのDMでち○この自撮り写真が送られてきた。


「うおおおお! 死にさらせ!」


 俺はちん○野郎をチュイッター運営に即通報してブロックした。

 てりぃ先生が淡々と解説する。


〈君の現在のアカウント名は「アルマジロ@おえかきたのしい」でアイコンはアルマジロの絵。

 動物好きの女性絵描きという可能性を残したのがまずかったな。それで局部画像を送られたのだろう〉


〈ふざけやがって腐れ痴漢がァ! えっ、女性絵描きだとこんなもん送られるんです?〉


「来るよー、来る来る」


 机に向かっててりぃ先生とチャットしていた俺の背にのしっと重み。

 今日はオイスター先生が俺の部屋に遊びに来ていた。

 俺の肩に手を置いてよりかかり、頭越しに画面のログを見ながら、オイスター先生はとくとくと説明する。


「えっちな絵を描く女だと思われたら、ちん○自撮り来る確率上がるよ。『資料にどうぞ』とか言い訳添えてあったりしてさ。超いらないんだけどって来るたび思う」


「また勝手に部屋上がりやがってというところだが、今回ばかりはお前に同情する」


 こいつも大変だな……

 俺が共感を示すとオイスター先生は「ふふん」とばかりにそっくり返り、50センチくらいの長さを手で示した。


「だいたいぼくの部屋には、こんくらいの大きさのディルド置いてるし。いつもそれ使ってるから、粗末なもん送られても困っちゃうね」


「使っ……」


 先輩の部屋で見た電マが脳裏によぎって俺は絶句した。

 俺の表情を見てきょとんとしたオイスター先生が、次の瞬間真っ赤になった。


「ちがっ……絵の資料として参考にしてるって意味だからっ! アダルト向けのお仕事する時に見ながら描くのっ!」


「あ、ああ、そっちね」


「常識で考えろ──! 処女のぼくにそんな丸太並みのが入るわけないでしょ!?」


「大声で処女とか入るとかいうのやめろ、ここ壁薄いんだぞ! ていうかもっと前の時点で恥じらえ!」


 いつも通りの頭悪いやりとりをするかたわら、モニターにカタカタとてりぃ先生のアドバイス文字列が表示されていく。


〈詳しく説明しておくべきだったが、コミッション仲介サイトにはいくつか種類がある。

 君が昨日登録したところは、まず第一に相場の安さで有名なところだ。高くても五千円まで、多くは二千円や三千円でアイコン作成などを依頼される〉


〈安いのはしょうがないと思ってますよ。だって実際、俺は駆け出し絵描きだしまだそこまでうまくないし。千円でも依頼が来たら儲けものかなって〉


〈最後まで聞きたまえ。安いサイトのメリットは比較的依頼が来やすいことで、デメリットは比較的客の質が悪いことだ。安いのにさらに値切られたり、支払いを渋られたりすることがある。

 女性絵描きが多いため、痴漢がそこでターゲットを見繕ってチュイッターに突撃してくることもある。今回の君のケースはそれだ〉


 ……なるほど。


〈あえて依頼料が高いコミッションサイトを活動の場にしてみてはどうだ。価格帯が上がれば客のマナーも良くなる。依頼は減るかもしれないが、不快な思いもしなくてすむだろう。

 Shkebシュケブなどはどうだ。近年めきめき伸びている、クリエイター優先を掲げているサイトだ〉


 てりぃ先生からのアドバイスを受け取ったのち、俺は考える。

 そりゃあ絵描きにとって良い環境であれば、そちらに移るに越したことはない。だが、


「ひとつも依頼がこなきゃ意味ねえよなあ……」


 自分のいまの立ち位置くらいわかっている。

 小説家アカウント改め、絵描きアカウントとして再出発したチュイッターのフォロワー数は現在389人。増えるどころか減った。

 それが俺という絵描きの、世間からの評価だ。


「Shkebやろうよ、十郎。いますぐ登録しよ」


 現実の苦味を噛み締めていると、とつぜんオイスター先生が横から言い出した。


「いや、でもShkebみたいな上等なサイトじゃ依頼来ないし……」


「こういうのは思い切ってやっちゃうほうがいいんだよ。

 依頼なんてうまくなって知名度上がればそのうち来るって。それとも、いつまでもいまの知名度でいるつもりなの? ずっと依頼こない立場に甘んじるの?」


「……挑発しやがって」


 だが一理ある。

 現在の評価がどうしたというんだ。俺の実力そのものは毎日描き続けて、めきめき伸びているはずだ。


「よし……乗せられてやる」


 俺はShkebへの登録作業を始めた。オイスター先生は隣でごそごそ自分のスマホをいじっている。


「チュイッターアカウントに連結、銀行口座も登録。これでよしっと。Shkeb開設したぞ」


 とたんにぴこん、とShkeb通知欄にメッセージが入る音が鳴った。


>オイスターさんから依頼が入っています


 …………おい。


「描いてほしいのは十郎のはじめての小説の主人公かなぁ」


「おまえふざけんなよ、何のつもりだよ!?」


「初のお仕事入れてあげたんじゃん。もっと喜びなよ。それより描いてくれるよね?」


「待てっつの、読んだところShkebの規約だと、Shkeb以外で絵描きと依頼者がやりとりするのは違反だぞ! この会話もアウトだからな!?」


「細かいこと言わないの、バレなきゃいいんだよ。どんなキャラデザでどんな構図にするかとかぜんぶ任せるから。十郎の頭の中にあるやつを描いてほしいな」


「お、おまえな……いやもういい、はじめての小説の主人公描けって……スタリオン戦記のアシェスか? あいつはもうおまえのキャラデザの姿以外思い浮かばないんだけど」


「ううん。違うよ。スタリオン戦記もいつか描いてみてほしいけどさ」


 オイスター先生は手を後ろに組んで、はにかむように、


「ぼくが依頼してるのは、十郎が中学の学級新聞に載せてたやつだよ。引きこもってたぼくのところに持ってきて読ませてくれたやつ」


「オアッ(吐血)」


 吐血はもちろん漫画的表現だが、精神風景としては間違っていない。

 オイスター先生が言い出したそれは俺の黒歴史だった。

 中坊が自分に酔いしれながら書きなぐり、周りに見せて回っていた駄文なんて、黒歴史ノート以外の何にもなりようがないだろう。


「え、えー……あれをいまさら絵にしろってか?」


「描いて」


 断りたい。っていうかShkebのほうで依頼を断わる処理をすればいいだけだ。

 俺はそうしようと画面に向き直り──……報酬五万円という金額を目にした。

 ごまんえん!?

 この牡蠣正気!?


「おまえさ、あのな、金は大事に使わないと……」


「ぼくお金に困ってないもん。単価高いお仕事バリバリこなしてるよ?」


 それは知ってる。絵で成り上がったこいつはがっつり稼いでる上に、吉祥寺にタワマン買った以外はとくに大きな買い物もしていない。


「か、か、金で俺の意志を自由にしようとか、卑劣な……」


「ねえ十郎。Shkebにはブースト機能ってのがあるの。描いてくれたら追加で金額上乗せしたげる。五万円。あわせて十万円」


「つつしんで描かせていただきます」


 しょうがねえじゃん!

 いま貯金切り崩して生きてんだから金は欲しいんだよ!





 描いた。

 納品した。

 報酬はすぐには入っていないが、オイスター先生いわくすでに振り込んであって、Shkeb内部で決済手続きしたのちに振り込まれるとのことらしい。

 こうして俺の初コミッションはつつがなく終わった。


「キツかったのは中二病の過去の妄想を詳細に思い起こすことくらいだったな……」


 ……正直これで「絵の仕事を受けたぞ、俺の勝ちだな」となど到底言えない。

 ほとんど恵んでもらったような依頼だ。しかも依頼者はオイスター先生本人である。


「そうか……! これがあいつの狙いか!」


 先んじて俺に依頼を投げることで、「まさかこれで勝ったつもりにならないよねぇ?」と牽制する腹積もりなのだろう。今後俺がShkebで依頼を受けられるようになっても、最初の依頼者がオイスター先生ということが不利に働きかねない。

 おのれ狡猾な。


   ●    ●   ●   ●


 オイスター先生こと菅木明日葉は、漫画原稿の仕上げにとりかかっている。

 同時に複数の仕事をこなす彼女の締め切りは数日刻みで訪れる。

 ようやく一段落して彼女は、ゲーミングチェアに座りながら大きく伸びをする。


 ふと彼女は手を伸ばし、大型液タブ兼モニターに一枚の画像を表示する。

 友人、有馬十郎の絵だ。

 彼女はそれをShkebを通じて手に入れたところである。


 頬杖をついてそれを眺める彼女の口元が緩む。


「へへへ。十郎のはじめて、ひとつ貰っちゃった」

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