第42話 お姉様の離婚危機!? ですわ

 後日、セリアは現クルライゼ家当主、アルド公爵に呼び出された。


 これだけの情報だと、何をやらかしたのかと思う人もいるだろうが、要は父親に呼ばれただけだ。


 セリアには急に呼び出されるような心当たりが全くない。


 少しだけ身構え父の執務室に入ると……その内容に拍子抜けするとともに、想像の斜め上の用件であった事に脱力した。


 カリアと執事がただならぬ関係なのではないかと相談されたのだ。


 恐らく、自分のせいで姉と執事の関係を後押ししてしまったのだろうとセリアは思い至る。


「えっと、お父様? お姉様はマサーレオさんと“俺様壁ドン”プレイを嗜んでいらっしゃるだけですわ。不健全な関係ではございませんのよ?」


 気まずくて咄嗟に誤魔化した。


「そんな怪しげな単語は娘の口から聞きたくないのだが。」


 彼は心底悲しいという表情で自らの娘を見る。


「お父様はきっと誤解をしてらっしゃいますわ。」


 セリアは何か良い案がないかと考えた末に……強引な解決策を思いついた。


「私達でそのプレイを実際に試してみましょう。そうすれば、お父様もきっと不健全な事ではないと理解するはずですわ。」


 まさかの提案にアルド公爵は困惑した。


「親子だぞ?」


「不健全な事をするわけではございませんわ。それに、お父様は“俺様壁ドン”プレイが何かをご存知ですの?」


「それは……分からないが。ただ何となく言葉の響きが怪しいとしか。」


「それならば、実際に体験してみて怪しくないと知ってもらうのが一番ですわ。」


 セリアは父にやり方を告げる。


「そんな破廉恥な事を出来るか!」


 アルド公爵はセリアを壁際に詰め、壁にドンと手をつく。


「あぁ……お父様。素敵ですわ。」


 勢い余って図らずも壁ドンしてしまうアルド公爵は迂闊だった。


 セリアはそれに便乗し、そのままプレイを継続。父にしなだれかかる。


「ねぇ? 不健全ではありませんでしたでしょう?」


 故意にしなを作り、壁ドン相手を見上げるセリアは妙になまめかしい。


「う、うむ。そう悪いものではないかもしれない。コミュニケーションの一種という事だな? 健全だ。健全だとも。」


 アルド公爵は焦り、思ってもみない事を言ってしまった。


 ここで不健全だと言い放ってしまえば、娘に壁ドンしている自分は何なのか? という話になってしまう。


 一瞬とはいえ、セリアに対して邪な感情を抱いてしまった事も相まって、彼は納得したフリをするしかないのだ。


「こんな風に、演劇のような非日常を楽しむものだと思って頂ければ良いかと。」


「うむ。分かった。不健全ではないのだな? うむ。セリアと今やった事も当然不健全ではないしな。うむ。」


 うむの多い中年公爵である。


「ご理解頂けて嬉しいですわ。時々お母さまともなさると一層楽しいと思われますわ。」


「うむ。理解したとも。検討しておこう。時々はセリアにもやってみたいのだが……。」


 セリアはジト目で父を見る。


「あ、あー……そうだ! セリアは腕の良い魔道具職人が欲しいと言っていたかな? 今度、我が領地の優秀な者を紹介しよう! それが良いだろう!」


 勢いで誤魔化そうとしているのがセリアには手に取るように分かった。彼女も追い詰めるつもりはないので、ここで引き下がる。


「これはありがとうございますわ。流石はお父様。娘のワガママを叶えて下さるなんて、素敵な親に恵まれて私は幸せ者ですわ。」








 姉の失態を適当に誤魔化したセリア。


 彼女は今、失態を犯した張本人の部屋の前にいた。そして部屋の扉をノックし、カリアの私室へと入る。


「お姉様。お父様に壁ドンがバレていましてよ?」


「なっ!? 何でここに居るの!?」


 カリアの問いに対し、今回の件について事情を説明するセリア。


「マズいわ。確かに最近ちょっと、ほんのちょっとだけどね?! マサーレオが恰好良いかなぁ……なんて思ったりする事がないわけでもないというか。」


 これは面白いものを見つけたという表情で姉を見る妹。


 実はセリア、姉の旦那が昔から気に入らなかった。


 クルライゼ家の婿養子となる分際で姉には態度がデカく威張り散らし、それでいて両親やセリアにはへりくだる。


 まさに人を見て態度を変えるという嫌な人格の持ち主であった。


 そんな人間なのにもかかわらず、その男を愛していた姉。


 姉が俺様系大好き人間だからこそ、成り立つ関係。


 かつてセリアはその男に……魔法の練習だと言って試し撃ちをしたり、魔道具実験と称しては怪しげな効果のある道具を試しても、一向に婚約解消する様子がない事に驚いたものだ。


 それが愛情から来るものであれば、セリアもそこまではしなかった。


 しかし、姉の旦那は金と権力に固執しているような発言が多々見られ、カリアを愛している様子はない。それをセリアは見抜いていたからこその嫌がらせの数々。


 セリアは結局、姉が幸せならと渋々結婚を認めるしかなかった。


「お姉様。もしよろしければ今の旦那様とお別れして、マサーレオさんと結婚してはいかがですか? いえ……しなさい。ついでに、今の旦那を徹底的になじってやりなさい。」


「わかったわ。早速離婚の手続きをお父様に相談してくるわ。」


 カリアはそう言い残すと部屋を出ていく。


 つい先日、カリアにつけた魔道具の効果は絶大だった。


「これでお姉様は幸せになれるわ。取り敢えず、お父様の説得は私も手伝いましょうか。」

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