第2話 財政再建ですわ

 公爵令嬢の朝は早い……。


 午前四時に起床し、ベリオーテ家のクソみたいな財務管理を行っている家令を叩き起こす。


「あっ。今は公爵夫人でしたわね。」


 叩き起こされ執務室へと連れて来られた家令は、何が気に入らないのか若干態度が悪い。

※文字通り、セリアはベシベシと叩いて起こしていた。


「奥様。こんな時間に起こすなんて非常識ですぞ。」


「貴方の財務管理の方が非常識ですわ。汚職まみれではないですか。」


 そう。この家令はベリオーテ家が借金をする際に違法金利で借り、キックバックを受けている。


 しかも、借入先は一つや二つではない。その他、ベリオーテ家名義で購入した土地を貸し出し、自分が経営者となって懐に入るよう調整していたりなど、やりたい放題であった。


「何の事かわかりませんな。勘違いされているのでは?」


 自分が先代や旦那様の信頼厚い事を理解しているようで、お前が騒いだところで無駄だと言わんばかりの態度である。


「勘違い? 貴方こそ勘違いしていますわ。そもそも、私は貴方の汚職を明るみにしようとは思っていません。」


 訝しそうな目でセリアを見る。彼はまだ分かっていないようだ。


「どうしてこの部屋に連れて来られたのか……理解出来ますか?」


「はて……この事を問い詰める為ではないのですか?」


 この執務室は、ケイスやその従者の寝室がすぐ隣にある。何かあれば、すぐに誰かしらが駆けつけて来るのだ。


「フフフッ。ざーんねん。せ・い・か・い・は?」


 セリアは大きく息を吸い込みそして……


「キャアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 更には自身の服を故意に乱す。


「な……」


「ヤメテェェェェェ!! イヤよおおぉぉぉ!!」


 執務室にある大量の書類を、バサバサと笑いながら倒していくセリア。


「なにを……」


「旦那様あああああ!! 助けてえええええええ!!!!!」


 廊下からドタバタと複数人が走る音が聞こえる。


「何事だ!?」


 そうして姿を現すケイスとその従者たち。


「旦那様! この人がっ! この人がぁっ!」


 セリアの乱れた服を見て何かを察したのだろう。


「貴様っ!! 俺の妻に何をした!?」


「な!? なにもして……」

「この人がっ! どうせ政略結婚なんだから、俺が楽しませてやるって言って無理矢理服を……。」


 セリアは俯き体を震えさせる。


「貴様あぁぁ!」


 そう言って家令を殴り飛ばすケイス。


「こいつは放逐だ! 連れて行け! 二度とこの家の敷居を跨がせるなっ!!」


「わ、わたしはなにも……」

「嘘よ! 私の服を脱がそうとしたじゃありませんか!」


「今までの忠義に免じて放逐で済ませてやる! これ以上言い訳するのであれば処刑だ!!」


 そう言われた元家令は、大人しく従者に引きずられていく。


(旦那様ったら、すっかり私の夫みたいになってしまったわね。実際夫なんですけど。)


 ベリオーテ家の財政状況は既に、立て直しを一刻も早く行わなければマズい段階まで来ていた。


 いちいち家令の悪事を暴き立て、それを証明している時間などない。


 という事で、セリアは手っ取り早く家令を追い出す事にしたのだ。


「大丈夫だったか?」


「はい。服は脱がされそうになりましたけど、必死に抵抗致しました。旦那様以外には体を許したりしませんわ。」


 そう言って、震えながら気丈に笑って見せる。


 するとケイスは「大丈夫だ。俺が守ってやるからな!」と優しく言葉掛けしてセリアを抱きしめた。


(次は借入先の商会巡りですわね。)



 邪魔者を排除したセリアは、ケイスに慰められながら一つのお願いをした。


「旦那様。私少しでもお役に立とうと帳簿を確認していましたら、いくつか気になる点がありましたので、私兵を10人程お貸し願えますか?」


「もう仕事を手伝ってくれるのかい? でも辛いんじゃ……。」


 どうやらセリアを心配しているらしい。


(お前を愛する事はないと言って、既にこれですわ。私よりもブッ飛んでないかしら?)


「大丈夫ですわ。旦那様に抱きしめて頂きましたもの。」


「そ、そうかい? であれば、私兵を貸そう。何かあってはいけないから精鋭達を……」


「危ないことをするワケではありませんので、普通の兵で結構ですわ。」


 ケイスは意外と過保護なようだ。


「本当に大丈夫なのか?」


「そんなに心配なさらないで。商会を何件か回って、修正箇所を確認してくるだけですわ。」


 そう言ってセリアは、ベリオーテ家の私兵を伴い出掛けた。



「では、先ほど伝えた作戦通りに動きなさい。3名は私の護衛よ。」


 命令を受けた10人の兵士達は配置につき、それぞれの役割をこなす為行動に移った。


 その内3人の兵士は、ライフ商会と看板を掲げた大きな店へと入っていく。



3人の兵士視点


「いらっしゃいませ。」


 受付には若く知的な女性が立っていた。


「よおよお。お前の商会は阿漕な商売してるらしいじゃねぇか!」


 一人の兵士は周囲の客に聞こえるよう、ワザと大声で話し出す。


「なんの事ですか?」


「いやー。まさか公爵家に違法金利で金貸しなんて、なかなかやるじゃねぇか!」


「いきなり何を言うんですか!」


 そのやり取りを見ていた周囲の客達は、ザワザワと騒ぎ出す。


「俺らにも一口噛ませろよ! こう見えても公爵家の兵士だぜ? 色々と手伝えるぞ。」


「そ、そんな事……当商会ではしていません!」


「なぁ。そんな事言うなよ。証拠もあんだぞ?」


「そうそう。公爵家の帳簿? ってのを見ちまったんだよ!」


「ありゃぁ、明らかに違法金利だったな!」


 次々と店の評判に傷がつく発言を繰り返す兵士3名。


 そして周囲の客もひそひそ話し出す。



 そう言えば聞いたことあるな。金貸しやってる商会でも、公爵家を騙して違法金利でやってる所があるって……


 うそ? それって大丈夫なの?


 大丈夫なもんか。バレたら商会は一定期間の営業停止だろ。


 もしかして、ライフ商会って本当に違法金利……?



 こんな具合で、客にも噂は伝搬していった。


 店の中には客に紛れた公爵家の私兵がいる。彼らは噂を拡散する役目をセリアから命じられていた。



 バン!!



 突然入口の扉を開き、見るからに高貴な身分だと分かる若い女性が、兵士3名を伴い店へと入ってきた……。

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