第26話 不良と楽しむ文化祭

 文化祭当日の朝、俺は風紀室にいた。他の風紀委員も一同に集められて、風紀委員長が皆の前に立っている。


「今日は文化祭当日だ。風紀委員として見回りは重要だが、一年に一度の行事だ、見回りついでにクラス展示を見て回って構わない。羽目を外さない程度に楽しんでくれ」


 なんて理解のある人なんだ。そうそう、委員会の仕事は大切だけど、文化祭は年に一度のお楽しみ行事。見回りの担当ルートも時間ごとに場所が入れ替わり、基本的に一度はクラスの出店を見て回れるようにルートが決められている。配慮が行き渡ったルート決めにも感謝。風紀委員長がしかめっ面で机に張り付いて熟考していただけ有る。


「それでは見回りよろしく頼む。解散」


 俺の見回りペアはお馴染みの不良だ。


「まずは俺ら体育館だな」


 最初は体育館で二時間見回りをすることになっている。今すぐ行っても文化祭は始まっていない。ステージの準備を一時間くらい見て、開会式とバンドを見たら、次の見回りルートへ移動という風に決まっている。


 体育館にはグランドピアノが運び出され、ステージ下の端っこに司会台が置かれている。そこでマイクテストをしている生徒がいて、ステージ観覧用のパイプ椅子がたくさん並べられている。顔しか知らない先生がひとり、椅子の一つに座って生徒の準備を見守っている。基本的に生徒の自主性に任せる行事だからな。マイクのハウリングが収まった。ステージ上でも準備が行われている。文化祭実行委員会は大変そうだ。


 俺と不良は体育館の後ろの壁に立って寄りかかっていたが、暇になって結局、パイプ椅子の整頓とか細々したものを手伝ってしまった。体育館の外から、中庭で食べ物の出店をやるクラスの賑やかな声が聞こえてくる。まだ美味しそうな匂いはしてこない。


「ありがとう、助かったよ」

「いいえ」


 手伝い終わってそろそろステージが始まるかという頃、体育館後ろに戻ったら不良が近くのパイプ椅子に座っていた。


「座って見ようぜ。マナーだろ」

「サボりたいだけだろ? まあ、じっくり見るか」


 だんだん、生徒が増えてきた。私服の人もたくさんいる。街にポスターを出して回ったらしいから、ちゃんと客が来ていてよかった。他校の制服もある。結構女子がいる。男っ気しかないから、こういうときくらい男女交流ができてよかったな。


 ステージ上には文化祭実行委員会の委員長が上がって、文化祭開会の挨拶を形式的に済ませた。同じ実行委員の生徒たちが積極的にステージ脇から拍手を送っていて、他の観客にも拍手が広がっていく。


「続きまして、生徒会会長より挨拶がございます」


 司会の案内の後、ステージ上に生徒会長が上がってきた。マイクの位置まで歩いてきて、お辞儀。キャーキャーと親衛隊の黄色い悲鳴が響く。外部から来た女の子のお客さんたちも、あの人かっこいいと言ってちょっとした騒ぎになっている。


 会長は折り畳んだカンペを取り出した。あの学校行事で来賓の人が挨拶のときに取り出して読むタイプの、蛇腹折りの見せてよいカンペだ。


 聞きやすい声で、とにかくあの気性の荒い会長は作られたものだったのだということがよく分かる、上品な挨拶だった。ただ金持ちのボンボンというだけじゃなくて、たくさん教育を施されてきた頭の良さを言葉の節々から感じる。


 丁寧なお辞儀とともにステージ脇に捌ける会長は歩く姿勢が綺麗で、なんかオーラまで出ているように感じる。会場に響き渡る拍手が大きくて鼓膜が破けそうだ。


 ステージに幕が下りて、手前の狭い空間で司会が次に出てくるバンドの説明を始める。学生バンドで、今日のために練習してきたそうだ。最近、体育館近くを見回っていると音楽が聞こえてきていた。


 幕が上がると、ボーカル、ギタリスト、ベース、キーボード、ドラムが出てくる。流行りの曲が奏でられる。TikTokで流行った曲だ。特徴的なダンスが脳裏をよぎる。多分前から音楽を齧っていた人たちなんだろう、学生にしてはレベルが高い。観客たちがスマホで撮影している。後々SNSでバズるかもな。


 しばらくゆっくり音楽を聴いたりしていなかったから、とても楽しい時間を過ごした。腹に響く重低音が気分を高揚させる。


 バンド演奏が終わり幕が下りたタイミングで不良が頭を低くしたまま立ち上がった。


「そろそろ見回り交代だ」


 不良の小声にうなずき、俺も立ち上がってこっそり横に捌ける。体育館を出ると少し涼しく感じた。体育館内は熱気で暑くなっていたらしい。


 中庭の方から屋台のいい匂いがする。焼きそばのソースの匂い、こんにゃく棒を煮込んでいる醤油の匂い、かき氷のシロップの匂い。思わずそっちに引っ張られそうになるが、校内の見回りをしないと。


「なあ、お化け屋敷入ろうぜ」


 俺は不良の袖を引っ張る。文化祭といえばお化け屋敷、入らないともったいないだろ?


「いやだ」

「お化け屋敷の中も見回りしないと! ほら」

「はー仕方ねえ」


 早速入り口で、二名で、と伝える。

 ダンボールで窓を塞いでいるので、かなり暗い。不良とはぐれないように、腕を掴んで歩く。腕がたくさん出てくるゾーンで悲鳴を上げた。そして上から落ちてくるこんにゃく。


「んにゃあ! っあー、びっくりした」

「そんな怖がりで、よく入る気になったな」

「怖いのが楽しいんだろ。ほら、あそこ絶対なんかいるぜ」

「お前先歩けよ」

「並んで歩こうぜ!」


 黒いビニールが暖簾のように垂れている。そこをくぐると、ゾンビが!


「わあっ、あ、今お前もびっくりしたろ」

「はぁっ? 急に来たら誰だって驚くだろが」


 二人で前を譲り合いながら出口にたどり着き、廊下の眩しさに目を細めた。ずっと中腰で進んでいたので、思い切り伸びをする。


「あー楽しかった。隣なにやってるかな」

「満喫してるな」

「美術展だ」


 隣のクラスは、授業で作った色んな作品を展示しているようだ。年配の来客がゆっくり眺めている。作品も高校生らしい出来で、俺たちものんびり見て回った。不良はあくびをしていた。


「よし、うちのクラス見に行こうぜ」

「見たくねえな。あいつらの女装」


 俺らは前日から風紀委員の打ち合わせでバタバタしていたので、うちのクラスの出し物、女装カフェの気合わせをまだ見ていない。

 怖いもの見たさで自分たちのクラスの前に行くと、ポップな看板を掲げたミニスカ長髪長身美女が客寄せをしている。同じクラスのやつだろうが、化粧で遠目では誰かわからないほど化けている。


「誰だろ。あれ、お前かよ!」

「よっ! 似合ってるだろ?」


 爽やか君だ。ミニスカ制服のコスプレをしている。よく見ると結構男らしいが、スタイルがいい線いっている感ある。ギリ隣を連れて歩きたいレベル。ローファー履いてるせいで背がバカ高い。


「一瞬誰か分からなかったよ」

「意外だな」


 不良も驚いている。そして二人して首を上に傾けて爽やかくんを見上げている。目の縁に黒いペンでタレ目の線を引いている。茶髪のかつらは安いやつだからかバサバサだけど、元々顔が良かったんだな。一般的な野球部よりゴツさ控えめな顔をしている気がする。

 他の生徒も上品さだけはあった。ウサギ耳のやつは絶対ふざけてるだろ。

 メニューも色々あって、使い捨てのビニールコップに注文したジュースが運ばれてきた。


「ご注文の品をお持ちしました。オレンジジュースのお客様ぁ?」

「はい」

「りんごジュースのお客様ぁ?」

「うっす。やめろその語尾上げるやつ」


 チェキを撮ることもできるらしく、黒板前で他校の女子高生と女装したうちの生徒がチェキを撮っている。うらやまけしからん。


 お昼になって、次の見回りルートへ移動する。


「よっしゃ昼飯だ」


 楽しみにしていた、中庭の出店を見て回る時間だ。いい匂いがする。何食べようかな。はちまきを巻いて焼き鳥を焼いている生徒がいる。


「焼き鳥一パックください」


 小銭ケースから支払う。普段はスマホ決済だから、小銭も一応持っておいてよかった。


「財布ジジ臭くね」


 不良が長財布をズボンのポケットから取り出していった。


「普段、札を持ち歩かないんだよ」


 茶色い皮の小銭入れを掲げて言う。そして頼んでいた焼き鳥がパックに入れられ、ビニール袋に入れて渡してくれた。


「ありがとう」


 隣の屋台はたこ焼き器を使ってベビーカステラを焼いている。甘いものも食べたいし、これも買おうかな。隣では炭酸ジュースにカラフルなストローを刺して売っている。


「オムそばひとつ」


 不良は向かいの屋台でオムレツが掛かった焼きそばを買っている。その隣に大鍋と、こんにゃく棒が売っている。胡瓜の漬物が一本まるごと棒に刺さって売っているやつもある。渋いな。


「こんにゃく棒ひとつください」


 しっかり食べ物を確保した俺と不良は買ったものを食べながら、困りごとがないか確認しながら屋台を見回る。作ってから時間が経ってしまった売れ残りは売り子の格好で校内を回っているようだ。見かけたら買ってあげようと思う。


 作ったものが売れて喜んでいる生徒たちを見て楽しい気分になる。風紀委員に入ってしばらく経って、この学校からも学園祭が終わったら去ることになるが、生徒たちが健やかに過ごしていると風紀委員としての幸せを感じるようになった。


「最後の花火、近くで見ようぜ」

 

 文化祭の一番最後は、校庭で花火を打ち上げる予定になっている。校舎の窓から見る生徒もいるだろうし、外で見る生徒もいるだろう。不良からそんなこと言うなんて意外だな。


「おう、いいぜ」


 近くで見たら迫力があって楽しいだろうな。


 花火師が校庭で打ち上げ準備をしていて、校庭は生徒で結構混み合っている。これでは花火を見ているのか人の頭を見ているのか分からないな。俺は背が低いし。


「なあ、俺見えないかも」

「移動するか」


 不良のサボりスポット、植物園の近くに移動する。ここからだと人もいないし、高い木もないから花火がしっかり見えそうだ。


「ここいいじゃん」


 歩道脇の芝生に座り込む。なんか、ドキドキしてきた。実は事前に爽やかくんから聞いたんだけど、この花火大会で好きな子に告白する人がかなりいるらしい。告白するならこのタイミング、みたいに生徒たちの間で話題になっているらしいんだ。


 まあこいつは今年編入してきたばかりだから、そんなこと知らずにふたりきりになったのかもしれないし。気にしすぎるのも変だよな。

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