第23話 植物園で優雅なランチを

 生徒会長が風紀委員長に直接電話を掛けて、素直に助けを求めている。いつもの喧嘩腰な姿はそこにはない。本当にすべてこの生徒に脅されていてやったことだったんだろう。電話の向こうから風紀委員長の珍しく動揺した返事が漏れ聞こえていた。


 俺が会長を脅していた生徒をずっと抑えているうちに、風紀委員、生徒指導の先生及び腕っぷしが強そうな先生たち、しまいには生徒会まで、この狭い空間に駆けつけてきた。


「こいつは目で見た相手を殺します。誰か目隠しとロープを」


 こんなに攻撃的な魔法を使える生徒は全校生徒を見てもどこにもいない。先生たちはそもそも魔法を使えないので、ここから移動させるのは危険と判断して、この部屋にビニール紐と体育祭に使ったハチマキを持ってきてもらった。縛って床に転がす。


「説明してくれ、何があったんだ」


 風紀委員長が俺に聞いてきた。俺は生徒会長の方を見た。俺が知っているのは、ここに駆けつけてからのことだけだ。


「彼は俺の親衛隊だ。魔法で鳥を殺しているところを目の前で見せられた。全校生徒を人質に取られていて、命令に従うように言われていた。見かけるたびにけんかを売ったのも、提出物を滞らせたのも脅されてやったことだ。申し訳なかった」

「そういうことだったのか。気にするな。俺こそ申し訳なかった。あんたはいつだって必死だったのに、俺はあんたを疑ってしまった。生徒たちを守ってくれてありがとう」


 今まで会長のことを貴様と呼んでいた風紀委員長は、口調を和らげていた。表情は鉄仮面のままだったけど、俺にはかすかに悲しそうな顔に見えた。


 生徒会長は風紀委員長に肩を借りて風紀室へ向かった。平気だと言っていた生徒会長だったが、頭を踏んづけられたり蹴りつけられたりしていたことを俺が伝えたら、風紀委員長が無理やり会長を連れて行った。会長に余計なことを言うなみたいな視線を送られた。


 問題の生徒は、理事長の一存で退学処分にされた。生徒は最後にこう言った。


「俺は唆されたんだ。学園内で出会った、この学園の生徒ではない外国人に。魔法の力で学園を思うがままにできるって。魔法の小瓶をもらったんだ」


 生徒のポケットには、紫の液体が入った小瓶が入っていた。コルクの蓋がついていて、コルクには魔法陣が彫ってある。小瓶の口のくびれにリボンが巻きつけられている、見ただけで魔法の品と分かるようなものだ。


「これを飲んだのか」

「食堂の飯に混ぜた」


 周囲がざわついた。俺は息を呑んだ。


「いつだ。いつやった」

「あれは4月の後半くらい」


 理事長から依頼を受けて俺と友人が来る少し前だ。この生徒が謎の外国人からもらった液体を食堂の飯に混ぜたから、生徒たちは魔法が使えるようになってしまったというわけだ。先生が魔法を使えないのも納得できる。学生食堂の飯に混ぜていたから、先生は魔法の液体を口にすることがなかったんだ。俺たちが突然この学園に来てから魔法を使えるようになったのも、食堂の飯を食べたからだ。


「これは預かっておこう」

「理事長」


 人混みをかき分けて理事長が来た。俺が手に持っていた小瓶を、理事長がひょいと取り上げる。液体を揺らして、窓から差し込んだ光に照らしてマジマジと見ている。


 理事長は先生たちの方を見た。


「職員会議を開きます。それと今すぐ外国人を探し出しなさい」


 生徒は各々の教室に戻された。担任のホスト風教師は来ない。職員会議中だ。実習中でもなく、ただ待機させられているだけなので、生徒はおしゃべりしながら過ごしていた。


「なにがあったんだろうな」

「さぁ」


 爽やかくんは何も知らない。俺や不良など一部の風紀委員は知っていたが、混乱を防ぐため他言無用と理事長から指示されていた。


 謎の外国人は、何者だろうか。魔法が使えるようになる液体が入った小瓶。この世界の人ではないのではないだろうか。魔法が使える世界から来た人物とかでは。今までならこんな突拍子もない事は考えなかったが、魔法を目にしたのだから、何があってもおかしくない。


 まる一時間授業が潰れた。少し疲れた様子の担任が相変わらずのホストスーツで教室に入ってきた。教卓に手をついて、一息ついている。


「食堂で異物混入が発生しました。しばらく食堂が使えません。コンビニで食事を買うように。この件で体調不良者は出ていません。皆さんは過度に心配しないでください」


 先生は改まった説明口調で言い切った。教室がざわつく。


 しかし、魔法の小瓶の話も、食事にそれが混ぜられた話もしないようだ。嘘はないが、大事な真実は隠されている。これが、先生たちが出した答えなんだ。生徒を混乱させない良い判断だと思う。俺が子供だったら、先生に噛み付いたかも知れないが。


「ごまかしやがって」


 不良が担任を睨みつけている。真実を知っているから、その気持ちは分かる。


 昼休みになって、食堂が使えないからコンビニを使うことになった。


「せっかくだから三人で植物園で飯くおうぜ」

「おっ、いいじゃん。な」


 爽やかくんの案に賛成して、いつも植物園で昼飯をとっている不良の方を見た。


「は、無理」

「なんでだよ。お前と一緒に昼飯したいのに」

「前から植物園を見たかったんだ。な、良いだろ」

「あー分かったよ、勝手について来いって」


 ため息をつく不良。頭がいいことといい、押しに弱いことといい、根っから悪いやつじゃないよなこの不良。


「やりぃ!」


 植物園で食べることを考えて、ピクニックっぽい昼飯にしようと思って、ハムとキャベツのサンドイッチにペットボトルのコーヒーを選んだ。紙パックだと飲みかけで持ち帰るのに不便だと思ったから。

 不良は相変わらずデカい焼肉弁当を選んで、更におにぎりを選んでいた。


「そんなに食うのか」

「最近、この弁当量が減ったんだよな」

「あー、シュリンクフレーション?」

「エビがなんだよ」

「それはシュリンプ。まあなんでも無いよ」


 値段はそのままで弁当の量がこっそり減らされていく店側の作戦をシュリンクフレーションという。物価が上がったときに商品の値段をいきなり上げたら買われづらくなるから、価格を変えずに量を減らすということだ。客はこれに気づかず、なんか足りない気がして追加でなにか買うようになる、この様に。


 爽やか君はボンゴレパスタを買っていた。レジでフォークまでもらっているが、それ外で食うんだぞ? テーブルもないのに優雅な昼飯だ。オシャレな入れ物に入った高い生フルーツジュースを買っている。それを買う人、初めて見た。だって弁当と同じくらいの値段がするんだよ。美味しいのは見ただけで分かるけど、手が届かない。いや、今の俺は理事長からもらったカードで買い物してるから、本当は値段を気にする必要ないんだけどね。


 あまり外に出る機会がないから、外の日差しが心地よい。気分が晴れやかになる。芝生を分けた道があって、遠くに巨大なビニールハウスが見えてきた。その手前の道は、前に友人が急襲を受けた場所だ。奥に小屋があって、多分植物園の手入れに使う道具置き場だ。その手前に低木が並んでいて、ちょうど人が隠れられるようになっていたんだ。しかし手入れされたのか、今は枝が切られて隠れられるほど生い茂っていない。


 植物園の中は初夏のように気温が高かった。南国の木がビニールハウスの天井まで伸びている。嗅いだことない花の香りがする。レンガの花壇に腰掛けて、コンビニ袋から不良が飯を取り出した。俺と爽やかくんも一緒に横に並んで腰掛ける。鮮やかな花たちを眺めながら、サンドイッチを齧る。


 いや、オシャレすぎるな。生まれて一度もこんなオシャレな経験したこと無いぞ。爽やかくんなんて、ハンカチを膝に広げて、その上に弁当置いて食べてるぞ。フォークを使うのが美味い。一口ずつフォークで巻き取れるのがまずすごい。


「どこの花?」

「知らね」


 不良は焼肉弁当を口に近づけると、書き込むように食べている。他に買ったものが入ったビニール袋は地面に置いてしまっていた。植物ではなく、この静けさが好きで来ているんだろうな。そう思って俺は静かに昼飯をとった。爽やかくんは食べているときに喋らない。育ちが良いから上品なんだ。


 鳥の声まで聞こえる。なにか植物の他に、この植物園で南の島の鳥とかを飼っているのかもしれない。


 一番先に不良が食べ終わった。そのまま花壇の土に横になって頭の後ろで手を組んで眠ってしまった。昼に見かけないときは、ここで眠っていたのか。 俺のスマホが鳴る。理事長からの呼び出しだ。


「誰?」

「あ、いやちょっと」

「そっか」

「ごめん、ちょっと行ってくるわ」


 いち生徒が理事長と連絡する関係だと変に思われると思い、爽やかくんに誤魔化してしまったが、少し秘密にされて寂しそうだ。そんな叱られた大型犬みたいな顔されたら申し訳無さで胸が一杯になる。あるはずのない尻尾が下がって見えた。

 友人にも連絡を入れて、理事長室前で合流する。依頼の件で呼び出されているからだ。


「よう」

「うん今朝ぶりだね」


 前髪にピンの跡がついている。ちょこんと跳ねていて可愛い。


「忙しそうだな。引き継ぎが始まったのか」

「そうなんだよ。引き継いでもらったばっかりで、今度は俺が次に引き継がないといけないなんて」

「まあ、もう依頼は終わるだろうからな」


 理事長室の扉をノックする。


「どうぞ」

「失礼します」


 ティーカップを掲げて微笑む理事長。さぞ優雅な昼食を摂ったんだろうな。食後のティータイムがオシャレで似合っている。


「まぁ腰掛けてくれ」


 ソファに座ると、物凄く沈んだ。初日にこれで驚いたのを思い出して内心笑ってしまう。友人も座って驚いたみたいで、両手をワッと上げていた。


「ほんとうにありがとう。魔法の原因も分かり、生徒会長は元通りの穏やかな性格に戻った様で、さっそく生徒会の仕事をしていたよ。生徒会長の処分はしない」

「彼もまた被害者ですからね」

「そうだ。問題の生徒の方は退学処分とするが、魔法の力が抜けるまで、少しの間、知り合いの病院に置いてもらうことになった」


 彼の魔法は死の魔法。流石にこのまま学園外に放流するわけにはいかない。しばらく目隠しをされて病院に閉じ込められることになるだろう。やったことを考えれば可哀想とも思わない。むしろ逮捕されずに済むなんて軽すぎる罰だ。

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