第5話 化粧男子のフロ上がり

「とりま、買ったの食べようぜ」


 部屋についたら、まずテーブルにレジ袋を置いて、ホットスナックとドリンクをソファでくつろぎながら頂く。テレビをつけて、ぼんやりした。間食はほどよく取るとその後の仕事がはかどるような気がする。時間が中途半端だから、チャンネルを変えても特にパッとしたものは入ってない。諦めて立ち上がり、要冷蔵の買ったものを冷蔵庫にしまう。



「これから授業受けるの、考えただけでだるいなー」


 俺は思い切り伸びをする。リアル高校生だったときから、俺は周りより比較的授業を理解するのが早かったから、先生がまだ分かっていない生徒に合わせて同じところを何度も説明するのを嫌だなと思っていたのだ。それが、これから一度習ったところを完全にもう一度教わることになる。サボって悪目立ちしたらマズい。


「俺は頭がよくないから、心配だな。ここの授業についていけるかな」


 この学校は進学後だ。進学校と普通の高校だと、授業の教科も少し違う。学生時代に友人の教科書を見て驚いた記憶がある。つまり友人にとっては完全に初めての教科もあるということだ。更に俺は2年生の授業を受けるけれど、友人は三年生の授業を受けるから、難しさは増すだろう。


「テスト前は俺が教えてやるから」


 最悪ノートをとっていなくても、テスト範囲さえ分かれば、教科書を見ながら教えることができる。それに、赤点をとったからといって、再テストを受ける羽目になるだけだ。


「まあ、まずは明日の転校初日にやる挨拶でも考えようぜ。初日が肝心だからな。舐められないように気合い入れないと」

「俺は早起きして化粧とヘアセット決めてこ」

「お前の担任、どんなやつだった」

「いい人そうだったよ。先生も男の人しかいなかったね」

「確かに」


「ちょっとメール確認する」


 俺は机の上でノートパソコンを開いて、ホームページに相談が来ていないか確認する。数件のメールがあったので、一通り読む。ひとまず返信。今回来たメールは直接会いにいくような内容ではなかったが、うち一件は電話で相談にのることになった。


 電話相談を担当するのは友人の方だ。友人がテーブルに肘をついて話し込んでいる間に、俺は事務作業をやる。事務を雇う余裕はないから、大体の仕事は俺が全部やる。収支をこまめにつけておかないと、納税するときに泣きを見る。


 今回は理事長が経費を先にまとめて渡してくれた上に、何に使ったか詳細を提出する必要はないと言っていた。たぶん、理事長のポケットマネーから出しているのだろう。そうでなければ、どんなに経営が上手くいっていたり、金持ちだったりしても、細かく帳簿をつけるものだ。使途不明金があると、お金を出してくれている保護者や株主から不信感を持たれてしまうだろう。


ちなみに俺の会社は税金関係は外部に依頼している。レシートさえ失くさなければ必要経費で落とせなくて税金を多く払うという心配もない。


 机の上で伸びをする。山の下の町並みがオレンジ色に染まり始めた。友人の電話に耳を傾けると、話も終わりに向かっているようだ。友人の話数が少なくてうなずく回数が多いうちは、相談を聞いているときなので、まだ長くかかる。友人の話数が多くなってきたら、アドバイスをしているので、そろそろ終わる。


 俺は冷蔵庫から、午後にコンビニで買ってきた夕飯を出して、テーブルに並べる。友人が口の動きでありがとうと伝えてきた。うなずき返して、音量を小さくしたテレビを見ながら友人の電話が終わるのを待った。


「おまたせ」


 スマホをソファに置く友人。


「どうなった?」


 弁当にかかったビニールを剥がす。焼肉のタレがビニールから滴って、手がベチョベチョになった。すっくと立ち上がって手を洗う。


「おうちの人とは少し距離を置くって。家出まで考えてたみたいだけど、突然家出しないあたり、真面目な子なんだよ。そういう生き方ができるタイプではなかっただろうから」

「家の中にいたら、今までと一緒なんじゃないか?」

「意識的に心の距離を置くだけで、結構変わるものだよ。頭の中で壁を思い浮かべるの」

友人が手で壁を作るジェスチャーをした。

 公営住宅に住む母子家庭の中学生が、母親と折が悪くて悩んでいたという相談だった。部屋数もないし、離れて暮らす方法なんてないのではと思っていたが、友人はうまく回答をだしたようだ。俺だったら、一回家出して親のありがたみを知れって言うところだった。


 サラダを無心で貪る友人。


「草ばっか食わないでパスタも食えよ」

「きみも食べなよ」


 俺が選んだささみサラダを指差す友人。これは俺が肉ばかり食べると友人が怒り出すから、仕方なく買ったんだ。


「好きなものから食べたいの」

「野菜が好きにな~る」


 友人が俺の目の前で指をくるくる回す。


「目が回るー」

「トンボじゃん」


 弁当を米粒ひとつ残さず食べたら、サラダに手をつける。友人はまだ、サラダを食べ終えたところだった。


「食べるの早いよ、ちゃんと噛んで食べた?」

「百回噛んだ」

「また子供みたいなこと言って」


 小さいカップに入ったサラダを三口くらいでムシャムシャ食べる俺に、友人は肩をすくめた。


「シャワー先浴びてきていいぞ」

「りょうかーい」


 俺は遅くまで起きているから、早くシャワーを浴びすぎると再び汗を書いてしまうから友人に先に譲った。何回もシャワーを浴びるのは面倒くさい。


 ジャージやバスタオルを抱えた友人がシャワールームに向かう。ほどなくしてシャワーの音が聞こえてきた。


 明日からどうするか、頭の中であれこれ考えているうちに、友人がシャワーから上がってくる。前から知ってはいたが、化粧を落とすとイケメンすぎる。化粧をしているときは女の子でも通る顔をしている友人は、化粧を落とすとかっこいいメンズ以外の何者でもない。俺はとにかくスラッとしたイケメンを見るとムカつく。俺にないものを持っている僻みだ。


「俺の顔になんかついてる?」

「鼻がついてる」

「みぎゃ」

「俺もシャワー」


憂さ晴らしに友人の鼻をつまんでから、俺もシャワーを浴びる。

 ろくに髪を乾かさずに半裸でシャワーから上がったら、友人にタオルで頭をワシャワシャと拭かれた。


「もう風邪ひくような季節じゃないだろ」

「床がビチョビチョになるでしょ」


 その後はニュースを見たり、パソコンで作業したりした。


「もう寝るよ」

「おーう。おやすみ」

「おやすみ」


 パソコン作業をしていると、寝室からペタペタと足音がしてきた。振り返ると、目をこすりながら友人が出てくる。


「まだ夜だぞ」

「夜だから、もう寝ようよ。明日から俺たち授業受けるんだよ。眠くなっちゃうって」

「うーん、それもそうか」


 立ち上がって窓から外を見ると、真っ暗な夜空に、山の下には夜景が見えている。寝室に行って、ベッドに寝転がって友人に背を向ける。


「寂しいじゃん」

「うるさい」

「もう寝た?」

「うん」

「じゃあ抱っこして寝よ」


 友人が俺のことを抱きまくらのように抱っこしてくる。寝息まで聞こえてきた。くっそー、俺が小さいからって。花みたいなシャンプーの匂いがする。背中の暖かさで、俺はだんだんと意識を手放していった。




「んー、あ?」


 ここ、どこ? ああ、学校の寮に泊まってたんだ。外泊先で目が冷めたときに、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなるときあるよな。


 起き上がって、隣で寝てる友人を見ると、夜中は俺のことを抱きまくら代わりにしてたのに、今は、なにかを蹴飛ばすみたいなポーズで腹を出してスヤスヤだ。


「寝相わる」


 スマホで時間を確認すると、もう起きていいような時間帯だ。カーテンを開けて、日光でやんわり友人を起こす。アラーム音で起きるよりスッキリ起きられると何処かで聞いた。


 制服に着替えて手ぐしで髪を梳いたら、リビングのソファでゼリー飲料を飲む。向かいのソファで、まだ顔洗ってもいない友人が、時折寝そうになりながら、野菜チップスを手でむんずと掴んでゴシャゴシャ音を立てながら食べている。髪の毛が跳ねてトサカになっているし、昼間の姿とは大違いだ。


「お前じゃないけど眠いな」

「ねーむい、無理。はー、顔洗ってこよ」


 突然立ち上がった友人がユニットバスの横にある洗面台に顔を洗いに行き、うろうろしているなと思ったら、完全に着替え終わって、化粧もバッチリのいつもの友人になっていた。


「すげー顔変わるな。そういうの、整形メイクってやつ?」

「いちいち一言余計だよ!」

「ネクタイ曲がってる」

「慣れてないから、難しくて」

「やったげるから、こっち来て」


 友人より十二センチ身長が低いと、ネクタイを結んでやりやすい。俺と色の違うネクタイ。違う学年なんだと再確認。


「大丈夫か? 俺と一緒じゃなくて」


 顔を上げないで聞いてみる。こいつの制服姿、初めて見る。


「なにいってんの。同じ建物にいるんだから。ピンチのときは、すっ飛んできてくれるんでしょ」


 眩しい顔で笑う友人は、本当に高校3年生に見える。


「もちろんだ」


 俺とこいつが、同じ高校に通う世界線。仕事とはいえ、楽しいじゃないか!

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