事実は小説より。異世界ライフがリアル

なるえ白夜

　いっだーッ。

　お尻（しり）から落ちたけど、いったいわ！

　恥（は）ずかしさと痛みに顔を歪（ゆが）める私に、周りの明らかに日本人とは違（ちが）う顔立ち、髪色、体格に、クラシカルな服（ふく）装（そう）の人々が大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）かと心（しん）配（ぱい）そうに口々に声をかけてくれる。

　なぜか日本語で。うん。違（い）和（わ）感（かん）しかないんだが。

　そんな人々に大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）ですとぎこちない笑みを浮かべながら言葉を返す。もちろん、あまり大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）ではない。主（おも）にメンタルが。

　あ、自転車はあるのか？壊（こわ）れてなきゃいいな。

　首を回（めぐ）らせると、右やや後方に転（ころ）がっている。私は自転車の所へ行くとスタンドを下ろして立てかけ、キズがないか見て回り、次いでフレームやサドルなどに歪（ゆが）みがないか確（かく）認（にん）をし、最（さい）後（ご）にブレーキが壊（こわ）れていないか確（たし）かめた。

　良かった、どこも壊（こわ）れていないな。前かごに入れていた荷（に）物（もつ）も無（ぶ）事（じ）っぽい。一安心だ。

　だから思った。人間より扱（あつか）いが丁（てい）寧（ねい）じゃないのかと。

「お嬢（じょう）さんも日本人かい？」

　そんな事をしていたらそう問われ、声のした方（ほう）に顔を上げると、両親と同じくらいの年（ねん）齢（れい）だろう男性がいた。

「俺は大（おお）城（しろ）つよし。日本人で、転移者ってーのだ。転移してもう五年になる。

　っと、まあ通りの真ん中で立ち話も何だ。いったん家に来て休みな。

　あ、家には嫁（よめ）がいて、二人きりじゃないから安心してくれ」

　そう言って自宅へ誘（さそ）ってくれる大（おお）城（しろ）さんに、

「ありがとうございます。

　私は、芦（あし）屋（や）優（ゆう）です」

　氏名だけの、簡（かん）単（たん）過ぎる挨（あい）拶（さつ）を返す。得（とく）意（い）な事もあれば、苦（にが）手（て）な事もある、どこにでもいる、いたって普（ふ）通（つう）の女子大生。そんな事は、今、必（ひつ）要（よう）な情（じょう）報（ほう）とは思えない。だから、今は氏名だけで十（じゅう）分（ぶん）だと思ったからだ。

「優（ゆう）……、ちゃん？だよな？

　宜（よろ）しくな」

　大（おお）城（しろ）さんの疑（ぎ）問（もん）系（けい）ちゃん付けに苦笑いしつつ、こちらこそと頭を下げる。

　ナンパはされないが逆ナンされる程（ほど）、見た目が男の子っぽいのだ。頭を上げてから、見た目こんなんですが、女ですと付け加える。

「合ってて良かった。

　疲（つか）れているだろうが、身（み）分（ぶん）証（しょう）だけ作りに行くか」

「頭の中グチャグチャなんで休みたいのは山々ですが、連れて行って頂（いただ）けますか？

　身（み）分（ぶん）証（しょう）って、異世界転移のテンプレ、冒（ぼう）険（けん）者（しゃ）ギルドとか商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドとかですか？」

　自転車をおして歩き始める。

「ははっ、若いコはやっぱし良く知ってんな。

　登（とう）録（ろく）するにあたって、料理はできるかい？俺の作るバーガーもどきやら卵スープもどきの作り方（かた）でさえ売れっからな。

　登（とう）録（ろく）すんなら、戦いの多い冒（ぼう）険（けん）者（しゃ）ギルドより商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドは敷（しき）居（い）は低（ひく）いと思うぜ。

　まあ、ギルドは何（なん）種（しゅ）類（るい）でも登（とう）録（ろく）できるから。必（ひつ）要（よう）になれば、他のギルドの登（とう）録（ろく）は追々で構わんだろ」

　なる程。ギルドは冒（ぼう）険（けん）者（しゃ）ギルド、商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドの他にもある言い回しだ。

　そして、浅（あさ）く広くとはいえ多（た）趣（しゅ）味（み）で、料理も製（せい）菓（か）もその範（はん）疇（ちゅう）にある私にも、商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドは合ってるようだ。

　リアルで戦うとか無（ム）理（リ）。先では分からないけど、今はそれ以上でもそれ以下でもなく無（む）理（り）！

　うん？随（ずい）分（ぶん）落ち着いてるって？

　頭が考える機（き）能（のう）を、ほとんど放（ほう）棄（き）してんだーっ。後で何話したかとか、思い出せなかったわ。

　そんな事を話ながら歩いているうちに、石材で作られている大きな建（たて）物（もの）に着く。

　ほとんどの建（たて）物（もの）が木材だったので、ちょっと異（い）質（しつ）だ。っていっても、町（まち）並（な）みに馴（な）染（じ）んでない訳じゃない。

「さあて、さっさとすまして、ゆっくり休もうな」

　大（おお）城（しろ）さんに促（うなが）され、自転車はおしたまま商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドへ足を踏（ふ）み入れる。

　町（まち）中（なか）を歩いていた時もそうだったが、商（しょう）業（ぎょう）者（しゃ）ギルドへ近づくほど、そして中へ入るとそれは何だと言わんがばかりの視（し）線（せん）が集（あつ）まる。

　現代日本なら珍（めず）しくもない、只（ただ）の一文字の自転車。だが、ここは未（み）知（ち）の世界。

　文（ぶん）明（めい）、文（ぶん）化（か）の程（てい）度（ど）が分からないが、かなり物（もの）珍（めずら）しいだろう事は分かる。内（ない）心（しん）ひーっと叫（さけ）びながら、大（おお）城（しろ）さんの後に付いてカウンターまで進む。

　自転車を持ち込（こ）んだのは、盗（とう）難（なん）の心（しん）配（ぱい）が多（た）分（ぶん）にあるから持ち込（こ）めと言われて、素（す）直（なお）に従（したが）ったからだ。

　時間的なものなのか、大（おお）城（しろ）さんは人がまばらで空いていたカウンターに着くと、職（しょく）員（いん）さんに簡（かん）単（たん）に私の事を説（せつ）明（めい）して、登（とう）録（ろく）したい旨（むね）を伝えていた。

　最後にギルドの利用方法の詳（くわ）しい説（せつ）明（めい）や、聞きたい事は後日改（あらた）めてと告（つ）げると職（しょく）員（いん）さんの前からのき、自転車をまだ立ててなかったのでそれを立てて、私と場所を変わってくれた。

　とりあえず、今日は登（とう）録（ろく）だけですませて下さったのはありがたい。頭がパンクして、奇（き）声（せい）を上げたり固（かた）まるなりしなくてすみそうだ。

　渡（わた）された、水晶のような石が嵌（は）められている何かの金（きん）属（ぞく）プレート？ドッグタグ？みたいなものを、指（し）示（じ）に従（したが）って左手に握（にぎ）る。右手はカウンターに固（こ）定（てい）されている、ボーリング玉くらいありそうな大きさの水晶みたいなものに乗せる。

　すると、かすかな光がゆらりと揺（ゆ）らぎ、揺（ゆ）らぎが収（おさ）まれば登（とう）録（ろく）は終（しゅう）了（りょう）との事。

　カウンターにある、水晶みたいな物はスーパーコンピューターみたいな物。ドッグタグみたいな物の方（ほう）は、水晶みたいなものの部分が記（き）録（ろく）媒（ばい）体（たい）。金（きん）属（ぞく）プレート部分は、水晶だけだと見た目で誰（だれ）の物か判（はん）別（べつ）がつかないので、お名前シール的な物とは大（おお）城（しろ）さん談（だん）。