第16話

「ユメミも、そろそろ戻る時が来たみたいだね」


 すぐ隣に姿を現したドリィの言葉に、ユメミは我に返った。

 見れば、ドリィの隣には、ユメミそっくりな人が1人。


「ああ、これはシキの分身。ユメミがここに居るってことは、外の世界のユメミが居なくなってるってことでしょ?だから、シキにお願いしてユメミに変身してもらって、外の世界で寝ていてもらったんだ。ナナとぶつかって階段から転げ落ちた衝撃で、頭を打って気を失った、っていうテイで」

「そうだったの?ありがとう、シキ」

「これくらい、お安い御用よ」


 肩を竦めて笑うと、ユメミそっくりなその姿はシキの姿へと戻り、フッと消えた。


「見て。もうすぐあそこに空間の歪ができる。そうしたらその歪から、キミは外の世界に戻るんだ。ここは、キミが本来居るべき場所ではないからね」


 ドリィが指をさした場所は、前方の何もない空間。

 けれども確かに、その空間は僅かに歪み始めているように、ユメミにも見えた。


「楽しかったよ、ユメミ。キミと出会えて、良かった」

「わたしもよ、ドリィ。それから、ユメツクリのみんなとも出会えて良かった」

「まぁ、彼らは『ナナ』のユメツクリだけどね?」


 言葉を交わしている間にも、空間の歪みは次第に大きくなっていく。


「ねぇ、ドリィ。キタニ君のことなんだけどね」

「ん?」

「キタニ君も、ほんとはナナの事が好きなんだよ。わたし、キタニ君から色々ナナの事聞かれてたの。ナナに見つからないように、最近わたしがこっそりキタニ君と一緒に居る事が多かったから、多分マユミは勘違いしちゃったのね」

「そっか。じゃあ、ちゃんと『ナナ』と仲直りできそうだね。良かった」

「うん」


空間の歪みはもう、かなりの大きさになっていた。

ユメミがこの『ゆめつくり』の部屋にいられる時間も、あとわずか。


「みんなにもちゃんとお別れ言いたかったな」


『ナナ』の9人のユメツクリ達はまだ、爆睡中。

 わざわざ起こすのも忍びなく、寂しそうにそう呟くユメミに、ドリィが言った。


「彼らにお別れなんて、言う必要無いんじゃないかな?」

「えっ?」

「だって、『ナナ』の記憶を通して、みんなはいつでもユメミと会えるからね。それに。『ナナ』はたまに見た夢をユメミに話しているでしょ?その時ユメミが彼らを思い出してくれれば、いつだってキミの心にいる彼らに会えるじゃない」

「そっか。そうだね」

「だから、本当のお別れは、僕だけ」

「ドリィ・・・・」


 哀しそうに顔を曇らせるユメミの手を取ると、ドリィはその甲にそっと口づけた。


「キャッ」

「これは、僕からの敬愛の証。僕はね、本当にキミを尊敬しているし、感謝しているんだ。だから・・・・」


 ゴウッとういう轟音と共に、ユメミの体が歪に向かって吸い寄せられ始めた。

 ドリィの手から、スルリとユメミの手が離れる。


「ドリィっ!」

「忘れないでっ!ユメミに何かあったら僕は必ずキミを助けに行くからっ!だから、その時は夢の中で僕の名前を」



 必ず呼んでっ!


 という、少年の声が聞こえた。

 ような気がした。


 けれども、ユメミの目の前にいたのは、大親友のナナ。


「・・・・ユメミっ?!どこ行ってたのっ?!ここに寝てるって聞いて来たのに、来たらいないんだもんっ!心配したんだからっ!!」


 そう言って、ナナは思い切りユメミの体を抱きしめた。


「ごめんね、ユメミ。マユミから全部聞いた。全部私の勘違いだった。なのに私、ユメミに酷い事たくさんした。酷い事も言っちゃった。本当にごめん」


 ボーッとする頭でナナの温もりを感じながら、ユメミはふと、右手の甲にナナのものとは違う、別の柔らかな温かさを感じた。

 それはまるで、手の甲にキスでもされているような。


(やだもうっ、わたしったらっ!でも・・・・あれっ?わたし、何か大切なことを忘れているような・・・・?)


「ねぇ、ユメミ大丈夫?まだどこか痛む?お医者さんはどこにも異常無いって言ってたみたいだけど」

「うん。大丈夫。なんかね、わたし、長い夢を見ていたみたい。それも、ものすごくワクワクドキドキする、素敵な夢」

「・・・・も~、こっちがどれだけ心配したと思ってるのよ、暢気なんだから、まったくユメミは」

「ふふふ・・・・ごめんね。でも、夢って不思議だよね。いったいどうやって・・・・あれっ?」


『この9人のユメツクリが、ここで『ナナ』の夢を作っているんだ』

『人間にはね、誰でもみんな9人のユメツクリがいるんだけど。もちろんキミにもね、ユメミ』


 懐かしさを感じる少年の声が、ユメミの頭に響く。


(そっか・・・・そうだった。夢は、ユメツクリのみんなが作ってくれているんだった。そうだよね、ドリィ?)


「ユメミ?大丈夫?」

「うん、大丈夫。あのね、今度ナナに面白いお話してあげるね。絶対に、気に入ってくれると思うんだ」

「それは嬉しいけど、今はちゃんと体休めて」

「うん、ありがとう、ナナ」


 ナナに促され、ユメミはベッドに入り目を閉じる。

 ほどなくして訪れた穏やかな眠りが、『ユメミ』を夢の世界へと誘った。

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