後輩 無間我慢地獄への道

 「お前の家に、今日は俺んちで泊まるって連絡しておいた。楽しんで来い」


 誠一から届いたメッセージには、軽々しくそんなことが書かれていた。母からも連絡があり、僕は今日誠一の家に泊まることになっているらしい。だが、実際に行こうとしている場所は霞の家である。


 「いやいや……それは不味いんじゃ……」


 「先輩はもう、私たちの眷属なんですよ? 何か問題あります?」


 問題と言っても、それは大抵僕が我慢すればいいものが多い。ただ、万が一というものもある。今の状況でさえ、霞と白芽のバランスは些細なことで崩れてしまいそうなのだ。リスクは回避したい。というか、僕がヤバい。


 「いいよ、行こうか」


 「白芽!?」


 何故か乗り気な白芽が、僕の手を引いていく。一体どういうことなのだろう、白芽があまりにも積極的過ぎる。白芽は美幸さんへの約束を忘れたのか? いや、そんなはずはない。白芽はいつだって、約束を破るようなことはしてこなかった。きっと、何か考えがあるのだろう。


 「では、行きましょう。あっ、帰りにスーパー寄って良いですか?」


 「うん、励の手作り楽しみ」


 「なんで僕が作る前提なの……」


 僕は白芽を信じつつも、少しの不安を抱きながら霞の家に向かった。そこは神社から30分ほど行った所にある、住宅街だった。二階建ての家は電気がすべて消えており、誰もいないようである。


 とは言っても、特別何かがあった訳では無い。買ってきた材料を使って普通に料理し、それを食べてからパーティーゲームをしただけだ。霞は大変楽しそうに、それほど使われた形跡の無いボードゲームを遊んでいて、少し微笑ましくなった。


 さて、夜も更けてきて寝る準備をするという所まで来た。僕が一番最初に風呂に入り、十分ほどで出たのだが、その間に霞と白芽が何かを話していた。その後は焦ったように白芽を風呂に入れていたので、何か僕に知られてはいけない事なのだろうか、霞を問いただしてみよう。


 「ねぇ、さっきまで白芽と何話してたの?」


 「べ、べべ別に先輩には関係ないことです! 髪の手入れとかどうしてるんですかーとかなんとか、他愛もないガールズトークですよ!」


 怪しい。視線を逸らしながら、早口でそう説明する霞は何か隠し事をしていた。ここに白芽がいたなら暗示で口を割らせることも出来るのだが、今は難しい。ここは、別の切り口から行くべきだろう。


 「今日は霞の両親がいない見たいだけど、わざとだったりするの?」


 「うぇ!? ちょ、先輩!?」


 あえて霞の近くによって、耳元で囁いてみる。あの白芽が泊まりを許すなど、何か理由があるはずなのだ。白芽が今回の一件で焦り、約束を破ってしまう可能性もある。何より、霞と白芽が手を組んでいるのなら、僕に抵抗する手段は無くなってしまうのだ。何としてでも霞の目的を聞き出そう。


 「その……友達とお泊りとかしたことなかったので、先輩と一緒に出来たら嬉しいなって……」


 「あ……そう、だったんだ」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる霞からは、嘘をついている雰囲気を感じることは出来なかった。もしかして、ただの僕の思い違いだったのか? だとすると、僕は結構最低だ。霞のことを、白芽をそそのかして僕のことを家に連れ込もうとする、頭がお花畑の女の子だと疑ったのだから。


 「あっ! ほら、白芽さんが出てきましたよ! 私もお風呂入ってきます!」


 風呂場の扉が開く音が聞こえると、霞は素早くその場を立ち去ってしまった。そのまま入れ替わりで白芽がリビングに入ってくる。随分と出るのが早かったなと思うと、髪をびちゃびちゃにした白芽が立っていた。


 「白芽、ちゃんと拭かないと駄目じゃないか」


 「ん、拭いて」


 ぽたぽたと水滴を垂らしながら、こちらに来る白芽。他人の家だろうとお構いなしな白芽は、流石である。後で濡れたところは拭くとして、今は白芽の髪を乾かすのが先だ。彼女の髪は、とても長い。その手入れは時間がかかるものなのだ。


 「励、そのままでいいから少し聞いて」


 「どうしたの? あ、ちょっと上向いて」


 白芽の髪を拭きながら、彼女の言葉に耳を傾ける。この時間は僕の中でもかなり好きな時間だ。白芽の綺麗な髪を、思う存分触ることが出来るから。少し変態的かもしれないが、それほどまでに白芽の銀髪は美しいのだ。


 「あの駄肉女、励を性的な意味で襲おうとしてる」


 僕の手がピタッと止まる。それは、僕が先ほどまで懸念していたことであった。保護者のいない家に、異性らが泊まりに来る。完全に何処かで見たことのある展開だ。霞が僕を求めてくれるのは嬉しいが、今は駄目なのだ。僕に、その資格は無い。


 「そっか……やっぱり、そういうことだったんだ。教えてくれてありがとう、白芽」


 「褒めて。今日はまだ、頭撫でて貰ってない」


 少し湿った髪をゆっくりと撫でる。ひっかけてしまわぬように、指の腹でこするように触っていく。そこから感じられる感触は、まるで綿のような肌触りだった。甘えるように擦り寄ってくる白芽を楽しみつつ、霞について話し合う。


 「それで? なんで分かってたのに、断らなかったの?」


 「あれは私を子供か何かと勘違いしてる。だから、お灸をすえてやろうと」


 「具体的に何をするの?」


 白芽が話す内容は、少し霞への意趣返しも含まれていた。ただまぁ、僕にとっても意味のある行為なので乗ることにした。僕たちは、霞が長風呂をしている間に着々とプランを練っていくのだった。


-------


 「うぅ……あたまぼんやりしますぅー」


 お風呂を出た私は、茹った頭を抱えながらリビングに向かいました。これから起こることのデモンストレーションを頭の中でしていたら、すっかりのぼせてしまったのです。頭の中で妄想ばかりが巡って、今目の前に先輩が現れたら襲ってしまいそ……


 「あぁ、霞。ついでだから霞もやってあげるね」


 思わず鼻血が出そうでした。私の家にいるのに、無防備な先輩。ラフな格好をした先輩。にっこりと笑いかけてくれる先輩。その全てが私の体を興奮させていきます。近くに白芽さんがいなかったら、多分襲っていたでしょう。それくらいに、私の中の欲求は高まっていました。


 「ほら、こっち来て」


 「えっと、その……お願いします」


 頭をわしゃわしゃとタオルで拭かれて、とても気持ちいです。髪の毛を先輩に触られて、それが私の頭皮を刺激するという状況はとても甘くて、幸せなものです。白芽さんは、普段からこんなことを先輩にしてもらっていたなんて、本当にズルいのです。


 「じゃあ、行こっか」


 「えぇ!? その、せんぱっ!? まだ心の準備が……!」


 ドライヤーをして粗方乾かし終わると、先輩は私の体を持ち上げました。お姫様抱っこです。一体、何が起きているのでしょう? こんなに積極的な先輩は初めてです。もしかして、先輩も何となく察していたのでしょうか?


 「あっ、私の部屋はそこです……えっと、優しくしてくださいね?」

 

 何も言わず優しく抱きしめる力を強めた先輩は、私の部屋に入りました。あまり女の子らしくない部屋。本棚と少し大きめのベッドくらいしか無いその部屋に入ると、先輩は私を降ろしました。ベッドの上に降ろされた私は少しオロオロしてしまいました。


 だって、こんなにもガンガン来るとは思ってなかったのです。どうやって先輩を部屋に誘うかとか、そういうことばかり考えていたのでした。ですが、先輩も乗り気なら話が早いです。やはり無理矢理襲って責任を取ってもらうより、合意の上で愛し合いたいのが信条でしょう。


 「霞、好きだよ」


 「ひゃい!? せ、せんぴゃい!!!」


 いつの間にか私の後ろに来ていた先輩は、そのまま私を抱きしめました。こういうの、なんて言うんでしたっけ。まぁ、暖かくて幸せだから何でもいっか。先輩の吐息を感じながら、私はゆっくり眼を閉じました。


 「あ、霞。お願いがあるんだけど、良い?」


 「へ? な、何ですか?」


 「少し、白芽の眼を見つめてくれないかな」


 そういえば、白芽さんが大人しいですね。先輩が私にこんなことしてたら、真っ先に止めるか同じことをしてもらいに来るのだろうと思っていたのに、傍でじっとしています。これはどういうことでしょう? はっ……もしかして!


 「はっ、はぃい!」


 「ありがと。じゃあ、少しの間動かないでじっとしててね」


 これ、えっちな本で見たことあります! 白芽さんの暗示って、その手の話だと定番の能力ですもんね。きっと、先輩はそういうプレイが好きなんでしょう。全く、度し難い趣味ですね。私じゃないとそんなの、受け入れてくれませんよ? でも、先輩が望むなら催眠暗示プレイでも何でも、先輩の全てを受け入れてあげましょう! 私はドキドキしながら、どんな命令をされるのか想像して、頭が真っ赤になっていました。


 『橘霞は、遠山励に対して性的な行為を行えない』


 「ふぇ?」


 しかし、かけられた暗示は私が想定してものではありませんでした。事態の把握が出来ないまま固まっていると、白芽さんがゆっくりと近づいてきました。ま、まさかこの女……


 「私の励に手を出せると思った? 励の貞操は私のなの」


 「裏切ったんですか! この卑怯者!」


 すっかり忘れていました。白芽さんは独占欲だけは人一倍強いのです。何故、あれほど簡単に私の案に乗ってきたのかよく考えるべきだったのです。先輩と繋がれる喜びで、すっかりと敵の存在を忘れていました。私の中に絶望が押し寄せてきます。これから、先輩と白芽さんがまぐわう所を見せつけられるのでしょう。そう考えると、泣けてきました。


 「安心して、励と今日そういうことをするつもりは無いから」


 「えっ……な、なんで」


 「そういう約束なの。だから、あなたも我慢して」


 私に拒否権などありませんでした。先輩のことを味わえないのに、目の前でそれを楽しまれることほど嫌なことはありません。最悪の事態が回避できるだけでも、不幸中の幸いというものでしょう。納得するしかありません。それよりも……


 「せんぱぃ、せんぱい……! 助けてくださいっ! 私の中、ぐちゃぐちゃでおかしくなっちゃいます……!」


 この状態を何とかして欲しい。先輩を押し倒して、先輩の先輩を楽しみたいのに出来ない。体の欲求ばかり蓄積して、それを発散しようにも私から先輩に手出しすることは一切できません。腹ペコの状態で、美味しそうな料理を見せつけられるような苦しさ。気が狂ってしまいそうです。


 「ごめんね。その代わり、霞のしてほしいこと何でもしてあげるから、それで許してね」


 「もちろん、今禁止したこと以外で選んで」


 「じゃ、じゃあ! よしよししてぇ……! 先輩の全部で、私のこと慰めて……!」


 「うん、分かった」


 あっ……先輩の手が私の頭の上に置かれます。軽く撫でられているだけなのに、じんわりとその部分が熱くなってきてとても気持ちいい。でも、こんなものじゃ足りない。私は先輩の方に体を回転させて先輩の体に鼻を突っ込みました。ですが、先輩の臭いが薄いです。これじゃ全然満足できません。


 「もっとぉ……まだまだ足りないよ……もっと可愛がってぇ……」


 「霞は甘えん坊だね。もっと撫でてあげるから、これで我慢できる?」


 「出来る! 出来るから、早く頂戴!」


 先輩の臭いを嗅いでいないと気絶してしまいそうです。先輩の臭いで何とか欲求を誤魔化して、先輩の良い子良い子で欲望を慰めていきます。あぁでも、先輩に可愛がってもらうほど私の中の衝動は膨れ上がってきています。先輩がいないと苦しくて死んでしまいそうなのに、先輩に触れれば触れるほど苦しくなるなんて、頭がぶっ壊れそうです。


 「先輩、先輩先輩っ! 助けてぇ、もうおかしくなっちゃう!」


 情けない声を出しながら、先輩に助けを求めます。暗示の効果で先輩を襲えない私にとって、膨れ上がるこの欲情はただの毒です。何度も何度も私を揺さぶっては、我慢させられる。とっくのとうにおかしくなってしまっているのに、強制的に待ての状態。こんなの、耐えられるわけありませんでした。


 その時、先輩は私の耳元に近づけると私にだけ聞こえる小さな声で、今の私にとっては致命的な一言を放ちました。


 「大好きだよ、霞」


 「あっ……! しぇんぱいっ……!?」


 グズグズになって、呂律すら回らなくなります。そんな時に、先輩からの愛の囁き。私を落とすには十分すぎます。私はゆっくりと先輩に体を預けていきました。


 「せぇんぱい……えへへ……せんぱぁい……」


 「これは……やり過ぎた?」


 「ん、これくらいでちょうどいいの。でも、私にもこれくらいしてね?」


 「分かってるって。霞が満足したら、次は白芽の番だよ」


 「っ! うん、分かった」


 先輩が何か言っていますが、全く頭に入ってきません。だって、私は壊れちゃいましたから。私の中を埋め尽くしていた欲望は全て、先輩への愛情に変わっていきました。もうこれ以上ないくらい先輩が大好きだったのに、それを超える愛が私の中を侵食しているのです。


 ですが、全然苦しくありませんでした。ただひたすら気持ちよくて、幸福で、体から魂だけが出ていてしまったようです。先輩の血を吸った時のような多幸感。私の全てが先輩で満ちていくような不思議な感覚。先輩無しでは生きられない体だったのに、心すら先輩無しでは平常を保てなくなってしまいました。


 先輩……私の大好きな、私の眷属かみさま。ずっとずっと、この先も一緒ですよ。絶対に離さないし、逃がしません。どんなことがあろうと、先輩と共にあります。私の命は先輩のものです。先輩が死ぬときに、私も一緒に死にます。


 先輩からの愛を確かめながら、私は静かにぐったりとしました。甘くて痺れる快感に打ち震えながら、私はそのまま気絶してしまったのです。

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