第八話 価値

 数秒ほどで俺達は外界と隔絶され、暗闇の世界に放り込まれた。

 電話ボックスに内蔵された蛍光灯が怪しく光って、コンクリ打ちっぱなしの無機質な外壁が窓の外に映る。


「こんな場所があるのか…」


「ええ、物好きな方ですから」


 足下から、眩しい白色が差し込んだ。

 目下に広がるのは、麗しき地下帝国。


 舞い踊る湯煙とはだけた浴衣の遊女達、かすかに香る硫黄臭、見渡す限り全て遊郭。超巨大な歓楽街が広がっていた。


「アルバートって男は随分と俗なんだな」


「うーん、会ってみればわかります」


 湯煙燻らす小川に掛けられた赤の橋をいくつか渡り、俺達は大きな門の前へやってきた。


 カレンが先導し、守衛に門を開けるよう要求しようとした時、音を立てて開門された。


 中から出てきたのは、身長2mは優に超えているであろう女性。足まで伸びた青の長髪に、端正な顔つきに細目、口元のホクロがよく目立つ。

 ボディラインが完全に隠れる様な服装をしており、体型が全くわからない。


「あれ、マックスのとこのハッカーちゃんじゃぁん。顔出すなんて珍し」


「お久しぶりです」


 飄々とした喋り方をするその女性は、俺の方を向き、怪訝な顔をする。


「…新しいメンバー?」


「ええ、臨時の」


「そうかぁ、じゃあはじめましての挨拶をしなきゃあね。ワタシ、"メルト"。ここの幹部やってる」


「アーサーだ…よろしく」


「握手をしようか」


 俺は手を伸ばした。

 握られた手の感触が、冷たい。そして、大きい。

 裾から見える手は、無機質な金属製で三本指。

 驚いて手を離してしまった。


「!?」


「アッハハッ!」


「十八番に引っかかりましたね。アーサー。メルトはこうやって初対面の方を驚かせるのが趣味なんですよ」


「イヤイヤ…失礼失礼。あまりに良い反応だったんもんで」


 第一印象はお世辞にもいいとは言えなかったが、気さくでいい人なのかもしれない。


「ああ、世間話はこれくらいにして…ワタシは仕事があるんでね、またねー」


 彼女は鋼鉄の手を振り、こちらを振り向くことなく湯煙の中へ消えていった。


「なんだか…掴みどころのない人だ」


「あれでも"慈愛労働会"の最古参です。三人いる最高幹部で、彼女は"戦闘"担当」


「ゴリゴリの武闘派ってわけかい…あの両手足はただのファッションじゃないってことか……」


 俺達は彼女が開いた門を通り、次の区画へと進んだ。

 先程の風景とは対照的な無機質で色合いのない空間が広がる。

 カレン曰くここは"居住区"、慈愛労働会の職員が住む場所らしい。


「これもアルバートの趣味ですよ。"歓楽区"と同じくね」


 面白みのない道をしばらく進んでいくと、巨大なビルが建っているのが見えてくる。

 屋内、それも地下奥深くにそんなものがあるとは。


 アルバートの根城、南区の闇を統べる男がここに在る。

 地下帝国の中枢に足を踏み入れようとするも、ある男に呼び止められる。


「待て、謁見は後だ」


 居住区マンションの三階角部屋、ベランダでタバコを蒸かす太り気味の中年男性。彼が横目でこちらを眺めていた。


「彼はジャック、最高幹部三人のうち一人、"斡旋"担当です」


 カレンが俺に耳打ちしてすぐに、ジャックが口を開く。


「わかってるぞ、"失敗"したんだろ。マックスが来てねえもそれが理由だろうが、死んだのか?アイツ」


「生きています。それに、しくじったのはお互い様です」


「ああ…とりあえず俺の部屋こいや」


 彼に促され、俺達はチンケな部屋に足を運んだ。

 散らかった部屋にいくつも転がる玩具、無駄にスペースを取った化粧箱。


「妻帯者、なんだな」


「ああ…冷え切っちまってるがな。今はみんな買い物に出掛けてる」


「今年15になる娘がいてな、ボーイフレンドと出掛ける。って言うもんだから、"ゴム"はつけろって言ったんだ」


「おいおい、15だろ?まだガキだぜ」


「ああ、アイツも怒ってそう俺に言ってきた。だから言ってやったんだよ」


「…なんて?」


「俺は30だ。ってな」


 彼はフィルターギリギリまで吸った煙草をベランダから放り投げ、リビングのソファに腰掛けた。


「"ご利用は計画的に"。若気の至りってのはどこまでもイっちまうもんさ。まぁ座れよ」


 彼に促されるまま二人がけのソファに座り、目の前の男を見る。

 30には見えない老け顔と体型、貫禄をしている。潜ってきた修羅場の数が桁から違いそうな、そんな男だ。


「…で、なんだっけ?」


「積荷がそもそも違いました。高級電子部品なんか一つもありませんでした。それに、ご丁寧に追跡までされていた」


「何が入ってた」


「試作テック、"ハイド・アウト"」


「どこにある」


「逃走時に彼、アーサーがインプラントしました。そうしなければ死んでいた」


 カレンがそう言うと、彼は吹き出し大笑いした。


「オイオイ…ダメだろ。そりゃ」


「ダメ…というと」


「"トラックを襲って、積荷を奪え"。そう言った筈だぜ?」


 テーブルに勢い良く脚を乗せ、こちらを見据えるジャックの目は、笑っていない。


「積荷は、こちらにあります」


「ああ、あるぜ。"使用済"だがな!じゃあなんだ。俺達でソイツをバラして、取り出しちまっても良いってことか?」


 おい、勘弁してくれ。

 せっかく生き残ったってのに、バラされてスクラップ送りか?


「いいえ、彼には"価値"がある」


「あ?」


 愉快に笑っていたジャックの顔が、無感情に変わる。


「奪取した"ハイド・アウト"。アレは軍用で、民間人がインプラントすれば確実に死ぬシロモノです。それを彼は耐えてみせた」


「は?カレン、お前…」


 思わず声が出た。


「黙ってて」


 珍しく圧のある語気に圧倒された俺は、地べたに転がっている玩具でごっこ遊びに興じることにした。


「…目障りだからどっか行ってて」


「ちょうど風呂が沸いてるから入ってもいいぞ」


 …はい。


 俺が身を清め始めた後、カレンによる交渉が始まった。


「つまり、彼は"インプラントによる拒絶反応"が一切ない。稀有な存在だということです」


「ほーう。で?それからどうする?」


「彼を"デビルズカット"に正式に加入させます。使える駒はいくつあってもいいでしょう?」


 彼女はテーブルに頬杖をつき、前かがみになってジャックを見据える。


「マックスに許可取らなくていいのか?」


「私達は"下請"、最終決定権は貴方にある筈」


「……OK。了承しよう。だが積荷の代償はお前らの肉体労働で支払ってもらう」


「何をすれば?」


「後ほど端末に送る。もう帰れ、家族が帰ってくる。まだ洗濯物を干してねえからな…カミナリ落ちる前にとっととやりたい。さぁ帰んな」


 カレンが外に出る前に、聴きたいことがある。しっかり問い詰めなければならない。


 俺は彼女の前に立ち、口を開く。


「着替え…持ってない?」


 カレンは俺の下半身を冷たい目で眺め、鼻で笑いながら一言。


「本当に価値があったのかしらね」


 ─────────────────────


「最近一人暮らしを始めました。1から環境を整えるのって難しい…」


 Uber Eatsにハマった作者 より。



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