第42話 シリウス一族の悲劇

 ◇◇◇


「シリウス伯爵家は、元々古くからこの土地を治める長の一族だったんだ。自然と共存し、自由を愛する彼らにはある習わしがあってね。一族の長となる者は成人したのちこの土地を旅立ち、様々な土地をめぐって新しい植物の種や苗木などを手に入れてきたんだ」


「種を……」


「ああ、そして、新たなる植物を研究し、その特性を生かして様々なことに役立ててきた。シリウス伯爵家の土地が豊かなのも、この土地に合った農作物を研究して増やした結果なんだろうね。こうして代々研究を続けてきた結果、あらゆる薬草や毒に通じた一族となった。確かに薬師として役立つことも多かっただろう。だがそれ以上に優れた知識で土地に恵みをもたらし、民を導く神聖な存在として民から崇められていたんだ」


 父から語られるシリウス伯爵家の歴史を聞いて驚く。自然を愛する一族。ロイスも含め、今のシリウス伯爵家のイメージとはずいぶんかけ離れている。


「そんな一族がどうしてラピス王国の伯爵家に?」


「理由は簡単さ。シリウス一族は戦いを好む一族ではなかった。そのため、当時力を付けていた今のラピス王家の一族に戦争を仕掛けられ、国を滅ぼされてしまったんだ。シリウス一族が治めていた土地はラピス王家のものとなり、シリウス伯爵家はラピス王家にも有用な一族として、ラピス王国の爵位を与えられ取り込まれた」


「そうだったのね……でもそんな歴史は前の学校でも貴族学園でも習わなかったわ」


「歴史とは常に現王家の都合のいいように捻じ曲げられて伝えられているものだからね」


「そうね……」


 元々国を治めていた一族が戦争で土地を失うことは少なくない。そして、その真実が為政者によって歴史から抹消されることもよくあることなのだろう。


「ただ、シリウス伯爵家の悲劇はそれだけではなかった」


「悲劇?」


 土地は失っても一族としては残ることを許されたのだ。一族郎党皆殺しにされるよりは、と思っていたが次の言葉に言葉を失った。


「シリウス一族は代々毒の研究を進めるためにある特殊な体質を得ていてね。その体にありとあらゆる毒の耐性を持っていると言われている。もちろん万能ではないが、普通なら死に至るような毒さえも、かろうじて耐えることができる。まあ、そんな体質を持つんだ」


「驚いた!そんな体質を持つことがあるのね。でもそれってすごくいい体質よね。どこが悲劇なの?」


 素直に驚く私を見て父は少し悲しい顔をする。


「昔から王家にとって何よりも怖いのは暗殺だ。そして、暗殺に使われるものとして最も多いのは毒だ。シリウス一族の持つ毒への耐性は、王家が何よりも欲するものだった。だから、王家は積極的にシリウス伯爵家の女子を娶り、その血をラピス王家の血と混ぜた。しかし、元々はこの土地を統べる一族だ。力を与えることは良しとしなかった。そのため、代々側室として娶り、嫡男に何かあったときのスペアとして子どもを産ませても決して王位を継がせることはしなかった」


「え?利用するだけ利用して、そんなのひどい……」


「そうだね。そしてラピス王家とシリウス一族との間に生まれた男児にシリウス伯爵家を継がせたんだ。毒の耐性を持って生まれた男児には更なる試練が与えられた。王家のためにあらゆる毒の実験台となり、新たなる毒の研究を科せられたんだ。そのため、シリウス伯爵家には代々家を継ぐための嫡男一人しか残っていない。新たに王家に嫁いだ娘にシリウス伯爵家を継ぐ男児が誕生した場合は嫡男さえ必要ない。残りは……みな、幼いうちに実験の犠牲となったんだろう。もちろん死に至る毒を飲んだ子もいるだろうし、死には至らなくとも様々な後遺症が残った可能性がある。いくら色んな毒に耐性があるとはいえ、無茶な話だ。でもそのかいあって、恐ろしい毒がいくつも生み出された。『奴隷の首輪』と言われる毒も、シリウス伯爵家が作り出した毒の一つだ」

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