この進んだようで廃れた世界に存在する機械人形は未来を夢見ることが出来るのか今はまだ分からない
有頂 天弱
0-0 プロローグ
人間は長く戦えない。体力的な問題もあるが、それ以上に精神的な疲労が激しいのだ。
銃を持てば震え、幻覚により発狂し、負傷した部位の熱に苦しむ。そんな極限状態の中で戦う兵士などいない。いたとしてもそれはもう人ではない別の何かだ。
だから人間は、機械に頼るしかない。どんな過酷な戦場でも生き抜けるよう、人間の肉体を遥かに凌駕するパワーを持つ機械に頼るしかないのだ。どんな環境でも疲弊せず、命令に忠実に従い、材料さえあればすぐ回復して戦場へと戻る、そんなロボットを。
「D地点制圧完了。負傷者二名、重傷です」
『了解した。医療班を向かわせる』
「了解」
通信を終え、白髪をたなびかせる少女は息をつく。
ここは戦場だった。それもかなり大規模なものだ。周囲には無数の死体があり、その中には原型を留めていないものもある。
「……」
しかし、少女の目にはそれらが見えていなかった。味方が来るであろう方向をただじっと見つめるのみである。その瞳には何も映っていない。何も感じてはいない。
ただ淡々と任務を遂行するだけの存在――それが彼女なのだから。
『アユート』
ふいに通信が入ってきた。無機質な声だが、どこか温かみのある女性の声である。
「……どうかしましたか?」
『お疲れ様。よくやってくれたわね』
「いえ、これが私の仕事なのですから当然のことです」
『それでもよ。貴方がいなければ、もっと被害が出ていたことでしょうから。二分程で医療班が到着するわ。貴方に破損はない?』
「強いて言うなら左手の中指と薬指に軽いエラーが出ていますが……このくらいなら平気です」
『分かったわ。それじゃあそこで待っていてちょうだい』
「了解」
返事をし、アユートと呼ばれた人型は再び待機姿勢に入る。火薬と灰のような匂いの混ざった風が吹き抜けていく。遠くでは爆発音が響き渡っていた。
「い……たい」
「……あ、熱い……」
崩れた瓦礫の向こう側で負傷者二名がうずくまっていた。どちらも意識はあるようだが、身体を動かすことはできないらしい。
アユートは彼らを見下ろしていた。無表情のまま見下ろすその瞳は冷たく、ただ無関心なものを見ているかのような目であった。苦しみに喘ぐ彼らに対して、『彼女』は同情すらしていないようである。
「……」
やがて、一台の軍用車がやって来た。中からは医療器具を持った隊員たちが降りてくる。彼らは素早く二人のもとに駆け寄り、応急処置を始めた。その様子を見て、アユートは静かに目を閉じた。
戦争とは残酷だ。どんな理由であれ、本来誰かの命を奪うことは許されない行為である。ましてや自分の意思に反して強制的に戦わせることなど以ての外だ。
だが、戦争にはそんなものは存在しない。そもそもこれらは人間の道徳心とやらなのだ。人間ではない彼女には、そんなものマニュアル外の戯言程度のものでしかないのだ。
そう、彼女は人間ではない。光を透かす白髪も、ガラスの様な瞳も、滑らかに伸びるその肌も、ただの人工物に過ぎない。戦争をより円滑に進めるために作られた兵器の一つ。CMD……戦闘型モビールドロイド、機体番号CMD-BBB2。それが彼女の正体であった。そして今、アユートと呼ばれるドロイドはこうして戦場に立っている。命令があればすぐに動けるよう、待機の姿勢をとりながら。
「……」
不意に、アユートは視線を動かした。その先にいるのは先ほどまで苦しんでいた二人の男だ。二人はまだこちらを見ていて、まるで助けを求めているように。
「アユート……」
「アユート……アユート」
二人がボヤくように呟く言葉は、彼女の名前であってそうではない。
アユートの意味は、「助けて」
戦闘用ドロイドである彼女は人の心のデータを付け加えられることなく完成品となった。そんな彼女には助けの意味が理解できない。彼女には同情の心も慈悲の心もないのだ。
彼女はアユート……助けての意味を理解せぬまま自分をアユートだと勘違いした。だが、それで良いのだ。人間の持つ心の脆さは戦争では邪魔にしかならない。そんな心を持っていない、ということにCMBは価値を持つ。だから、彼女はアユート。皆が彼女を見てアユートと言うから。理由はそれだけ。
「……早く治してください」
アユートは誰に聞こえるわけでもない声で小さく言った。
それから少しして、医療班は負傷者を連れてその場を離れた。一人残されたアユートはその場で次の指示を待つ。風に香る火薬の匂いは先程よりも薄れていた。
『敵、撤退していきます』
『了解した。全部隊、追撃は不要。基地へ帰還せよ』
『了解』
報告通信を切り、アユートは空を見上げた。日は既に落ちていて、空は黒く染まっている。月は出ていないようで、星の輝きだけが辺りを照らしていた。
ふと、アユートは何かを感じ取った。それは微かな気配。ダダ漏れの殺意、不安と恐怖と好奇心。アユートは静かにそちらへと顔を向けた。
「……」
そこには、一人の少年がいた。年は十歳前後といったところだろうか。全身をボロ布で覆っており、頭巾を深く被っているせいで表情はよく見えない。アユートより遥かに小柄な体躯で、その手には小さなナイフが握られていた。
「お前は、殺人マシーンか?」
その声は掠れており聞き取りにくいものだったが、確かにそう聞こえた。
「武器を捨てなさい。でなければ攻撃対象となります」
「黙れ人殺し! お前の、お前らのせいで! お前らが殺したんだ!!」
アユートの言葉に激昂するように叫ぶ少年。その声には確かな怒りが含まれていた。
だが、アユートは眉一つ動かさない。今までにも同じようなことを言われた過去がある。その度に彼女はこう答えるのだ。
「CMDですので」と。
「煩いっ!」
叫びと共に突き出される刃。それをアユートは左手で受け止めた。パキッ、という乾いた音が鳴ると同時に刃が砕け散る。驚愕のあまり動きを止める少年に対し、アユートは右手を振り上げる。そして、そのまま彼の頭部に向かって拳を叩きつけた。鈍い音が響き、地面に倒れ込む少年。それでも彼は立ち上がろうとしていた。
アユートは彼の前に立つと、見下ろしながら言う。
「攻撃及び殺害認証……許可。攻撃を開始します」
「ひっ」
次は命を奪うため、アユートは再び腕を振り上げる。腕を振り落としたその瞬間、緊急通信が入ってきた。
『緊急事態発生。B地点に複数の敵対勢力のポイントを確認。撤退命令を中断。B地点にて敵対勢力の殲滅を行なってください。これは優先命令です』
「……了解」
振り下ろされたアユートの腕は、地面を大きく穿った。その衝撃により砂埃が巻き起こり、視界を奪う。
しばらくして煙が晴れると、そこにアユートの姿はなかった。その代わり、そこには地面に横たわったまま動かない少年だけが残されていた。
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