大賢者マクダイル


 まだ雪の残る山奥。

 少し春の息吹が聞こえてきたものの、まだ吐く息は白く、早朝はまだまだ寒い。

 そんなシンとした空気をまとう森林の中で薪を割る音が響いていた。


 「……ふう、薪割も楽ではないな。私も歳を取ったものだ」

 「まーき?」

 「うむ、薪だ。危ないから離れて見るんだぞディン」

 「あう!」


 銀髪に近い髪をオールバックしにした老人はその昔、大賢者と呼ばれていたマクダイルという男。

 魔王を討伐した彼はこの山奥でひっそりと暮らしていた。

 腰に抱き着く男の子をやんわりと遠くへやると、寒い季節では生死にかかわる薪を割り続ける。


 「フッ!」

 「ひがついたー!」

 「こら、危ないと言っているだろう」

 「あーうー」


 割った薪を暖炉にくべてから

 

 「さ、今日は野菜スープと小麦を練って焼いたものだ」

 「いたらきます!」

 「……たった一か月で会話ができるようになったか。成長は早いな、この分ならすぐに大きくなるか」


 マクダイルが小さな男の子、ディンを見ながら味の薄いスープを口に運ぶ。

 この子はマクダイルの息子……ではなく、さらに言えば孫ですらない。


 その正体は研究を重ねてできた『魔法人形』で、ディンはマクダイルの創り出した疑似生命体なのである。


 なぜそんなものを創り出したのか――


 「……早く力仕事を任せられるくらいに成長して欲しいものだな」

 「あう」

 

 ――それは老いゆく自分の身を世話できる存在が欲しかったからだった。


 魔王を討伐し一人で山奥に暮らし始めてからすでに四十年。

 大賢者マクダイルは六十九歳となり身体に無理が利かなくなるのを肌で感じていた。


 贅沢をしなければ金に余裕はあるので暮らしに不満も苦労も無い。

 しかし、人は必ず歳を取る。

 動けなくなる前にと考えて創り出したのがディンだった。


 共に魔王を倒した格闘家のカレンとは恋仲であったが事情により一緒にはなれず、他に誰かを愛することもなく引きこもり、この年まで生きてきた。


 「たまには肉を食わせてやろうか。そうすれば成長が早くなるかもしれないしな」

 「おじいちゃ、きょうも、おべんきょ」

 「……ふん、こういうところは私に似ているんだな。まあ、素材に自分の血肉を使ったからそんなものかもしれないか」


 食器を水魔法で洗い流す足元で本を片手に飛び跳ねるディンを見て目を細めて分析する。

 

 研究で二十五年を費やし、確立してディンが活動できるようになったのはごく最近のこと。

 食べる、寝る、研究以外に特にやることもなかったマクダイルは仏頂面ながらも自分に懐いてくれる魔法人形を可愛がっていた。

 


 ――そんなマクダイルの生い立ちだが、彼はあまり良い人生を歩んではいない。

 

 物心ついたころには孤児院で暮らしており両親の顔は知らずに育った。


 さらに院長は金に汚く、国から支援金をもらっているにも関わらず『社会勉強』だと子供達に労働を強いて金を巻き上げるような男だった。

 自分だけならいざ知らず小さな子供達まで虐待に近い扱いを受けさせるわけにはいかないとひと芝居を打ってから男を地獄に叩き落したことがある。


 そんな正義感を持っていた彼はある日、魔法の素養があることに気づく。

 生物には少なからず魔力が宿っているものだが、マクダイルは常人より高い魔力をもっていたのだ。

 

 「僕を弟子にしてください!」


 そんな彼は孤児院を出ると高名な魔法使いに師事することになる。

 そして十二歳から二十二歳まで修行をした後、魔王を討伐するために国が強者を招集するという募集があり、彼はそれに参加し、格闘家のカレンと出会った。


 「あんた、凄い魔法を持っているんだね! あたしと組んでよ、後方支援ってやつ?」

 「拳で殴っている間に僕の魔法が当たったらどうするんだ?」

 「そんときゃそんときだって! あはははは!」

 「ふん……ダメだったらすぐに解散だからな?」


 大雑把な性格に辟易していたがいざ実戦に入ると彼女が猫のような素早い動きで相手を翻弄している間に後方から魔法を放つという戦法が上手くハマり少しずつ活躍を見せていた。


 そしてカレンと組んでから一年後――


 「俺の名はウェイズ。君たちの噂を聞きつけてやってきた。魔王を倒すためパーティを組んで欲しい。こっちは幼馴染のプリエ」

 「初めまして、プリエと申します! 回復魔法を使えるので足手まといにはならないかと」

 

 ――後に魔王を倒す勇者ウェイズと神官であるプリエと出会う。


 「カレンだよ。へえ、貴重な回復魔法をね! あんたたち恋仲?」

 「マクダイルだ、初めまして。というかいきなり聞くことではないだろう」

 「ええっと……はい、いつか結婚する予定です」

 「いいね! あたし達もそうだからいいかもしれないね」

 「カレン……!」


 恋人だとマクダイルの首に腕を回しながらカレンが笑い、慌てて抗議の声をあげるが、カレンはジト目で彼に言う。


 「なんだい違うっての? あたしを抱いておいて」

 「あれは……酔った勢いで……」

 「ふうん、酔った勢いで処女を奪ってくれたんだー?」

 「うぐ……」

 「ははは、マクダイルさんの負けだな」

 「……はあ、マクダイルでいい。とりあえずお互いの実力を確認してから決めようと思う」

 「もちろんだ。よろしくマクダイル、カレン」

 「よろしくウェイズ、プリエ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る