宝箱を設置するだけの簡単なお仕事です!

ひつじのはね

第1話 お仕事の依頼です

「――そろそろか。くそ、こんなお宝を……馬鹿みてえ」

腕組みして目を閉じていたレグは、無造作にそれを置いて毒づいた。

しばらく未練がましく眺めていたものの、近づいてくる気配に素早くその場を後にする。残されたのは、それだけでも一定の価値はありそうな宝箱がひとつ。

「みんな、油断しないで。この先……あっ!」

こんなダンジョンに不釣り合いなおっとりした声が、嬉しげに調子を変えて駆け寄ってくる。

通路の奥でそれを確認し、レグは気配を消したまま先へと足を運ぶのだった。


――密かに王城へ呼び出されたのは、ほんの1週間ほど前だったろうか。

跪いた姿勢のまま粛々と王命を賜っていたレグは、その内容に差し掛かった途端、間抜けな声を漏らして顔を上げた。きつい三白眼が、この時ばかりは丸くなる。

「は? ……あ、すみません、俺が聞き違ったようです」

一応取り繕ってはみたものの、レグの言動が不敬なのは今に始まったことではない。幸い、ごく内密に部屋を訪れた数名は、それを咎めるようなことはなかった。


「うむ、混乱は無理もない。後のことは、そこのルードに聞くが良い」

つ、と視線を逸らし、国のトップは威厳もそこそこに踵を返す。パタン、と閉じられた扉に我に返ったレグは、彫像のように傍らに立つ男を見やった。

「で? オーサマは逃げたわけだけど、納得いく説明してくれんだろうな?」

立ち上がって威嚇してみたものの、己よりも男の方が大きいことに気が付いて不機嫌になる。

「口が過ぎるぞ」

淡々と窘められる程度なのは、レグの実力と価値を知っているからだろう。そして、今回の依頼が突拍子も無く馬鹿馬鹿しいと理解しているからに違いなかった。

「――以上。依頼内容は簡単なことだ」

「意味が分からねえよ?! いや、意図が分かんねえよ!」

しかも、こいつ簡単って言いやがった。単身ダンジョンを先行するのが簡単なわけねえだろ! レグは胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄って睨み上げる。ルードは表情を変えないままに、微かにため息を吐いたのだった。



――背後に賑わう声を聞きながら、レグは先を急ぐ。

襲い来たスナトカゲを踏み越え、この程度ならあのほのぼの勇者でもなんとかなるだろうと捨て置く。

国お抱え冒険者であるレグ。今回彼が受けた依頼は、王家ご乱心としか思えないものだった。

『1、勇者一行の安全を確保し、影ながら旅をサポートすること』

確かに、勇者一行が魔王討伐の旅に出たのは知っている。そう、確かに勇者が年の離れた末っ子第三王子で、全方位から猫可愛がりされていたのも知っている。

曲がりなりにも彼は王族なのだから、これはまあ許される範囲の依頼かもしれない。国お抱えという立場なのだから、甘んじて受けようではないか。

しかし、だからといってこれはない。

『2、勇者一行の先回りをして宝箱を設置し、確実に入手できるようにすること』

……宝箱が外に無造作に転がっている世界があってたまるか。

レグはこれが当然の反応であると思っていたが、どうやらほのぼの勇者は違うらしい。そういうもの、と教えられた通り、素直に受け入れているようなのだ。

なぜ、当たり前に手渡ししてはいけないのか。至極真っ当な意見であると自負しているが、勇者の成長、達成感とやりがいがどうの……。

「ま、俺の懐が痛まねえなら勝手にやってくれ」

愛用の鎖鎌で適度に魔物を屠りつつ、レグは単身ダンジョンを駆け抜けたのだった。


「本日の任務完了、だな」

鎖鎌の刃を畳んでまとめると、右腰のホルスターへ。左腰には鎖の分銅部に取り付けた短剣を収めて、伸びをひとつ。ダンジョンの暗さに慣れた目には、夕日が眩しすぎるくらいだ。

「――完了してない、気ぃ抜くの早すぎ!」

バサッと音を立て、付近の樹上から何かがぶら下がった。夕日に照らされるのは、逆さまになった少女の顔。頭のてっぺんで結ばれた髪が、長く垂れ下がって揺れている。

「もういいだろ、大した魔物もいなかったぞ。だから素材もナシだ」

「あんたにとってはそうでしょうけど! 勇者様はまだまだ成長段階なんだから、大したことあるの! ああ、早く出ていらっしゃらないかな? 辺りを照らす太陽のようなご尊顔、柔らかな微笑み!」

レグはリリイの世迷い言を鼻で笑い、悠々と立ち去ろうとする。お綺麗な顔がなんだ。役に立つのは、せいぜい凱旋パレードの時だろう。それまでぜひとも頑張って頂きたいと思う。主にレグの報奨金のために。

「ちょっと、本当に行くの? 定期報告は?! 明日ルードさんとデー……報告に行くんだからー!」

慌てて飛び降りてきたリリイが、前へ回り込んでふんぞり返るように見上げた。今日は旅慣れた者の軽装、といった装いなのだろう。俺と国の連絡係を担う彼女は、諜報員でもある。その都度周囲に馴染む姿をしているらしい。

「特にねえよ、依頼の品は滞りなく勇者サマの懐に入ったぜ」

「よろしい。……それで、お怪我は? はたまた武勇伝なんかは?!」

それは報告事項じゃねえよな? と三白眼を細めたものの、収納袋に放り込んだ獲物を思い出し、無愛想な顔をやめてにっこり微笑んだ。

「……何よ」

警戒も露わなリリイに、レグは努めて柔らかな視線で彼女を覗き込む。

「リリイ、今日会えて良かったぜ! 実は俺さ、おま……君を待っていたんだ」

まず持ち合わせていない甘み成分を苦労して絞り出す。人工甘味料だろうが微々糖であろうが、リリイ相手なら問題はない。

「えっ? 私を? そんな……」

入れ食いで釣れたリリイが、瞬時にもじもじと指をこねくりまわし始める。もちろん、さっきほっぽり出して立ち去ろうとしていたことなど、おくびにも出さない。

「君と、夜空に舞う虫でも眺めながらシチューはどうかって。いい素材が入ったからな」

「……虫?」

あ、違ったか。リリイの訝しげな間に、レグは素早く言い直した。

「えー……夜空の星々?」

疑問形なのは仕方ないだろう、レグにとって虫も星も大差ない。

「OK、シチューね! 分かった、野営して待っててー!」

相好を崩して手を振るリリイは、客観的に見て美少女だろう。感銘は受けないが。目的を達成したレグは、早々に無愛想に戻ってその場を後にした。


「――あ、うま」

思わず漏れた声に、すかさずリリイが声を弾ませる。

「でしょ? 隠し味にケイルバターでコクを出してみたんだ!」

リリイはああだが、飯は美味い。レグは普段適当に腹を満たすが、いい素材が手に入った時はリリイに頼むことにしている。……頼み方には少々難があるが、普通に頼んでも『自分でやれ』と返ってくるので仕方がない。レグなりの工夫ってやつだ。

諜報員、これでいいのかと思わなくもないが、割と優秀らしいから分からないものだ。

レグはふうふうと丁寧に冷まし、とろりとシチューに馴染んだ芋を頬ばったのだった。

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