第41話「ナードたち(その3)」
”一口にナードと言ったって、趣味が同じだけの雑多な集団だから、色んな奴がいるわけよ。で、石を投げれば何かしらの特技を持ってる奴に当たるわけ”
これはちがう。そう思った。
残骸と化した3体のロボットが恨みの声を上げているようで、爽快感は吹き飛んでいた。
そうじゃない。やりたかったのは。
『野蛮な行為だな、これは』
スパイトフルが血を吐くように囁いた。
彼もきっと分かっている。分かっているから苦しんでいる。
だから――。
オリガ・バランは、ひとつの決断をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「1番! マルコ・ダジーニ行きます! 『今すぐ恋がしたい』!」
マイク片手に「いえい!」とポーズを決める。ちなみにマルコと言うのはナードたちの調整役ことブレイブ・ラビッツ支援部隊のボンだ。
彼の宗旨では聖歌以外禁じられていたと思うが、ここでの彼は良い感じに生臭だ。
「ちょっとぉ! 私そんな歌知らないわよぉ」
前のめりな彼を止めたのが、鍵盤の前で待機していたライカだった。
「ほら、初等部の夏休みに見せられる反戦ドラマ、あれの主題歌ですよ! ハリー・ヒデキの隠れた名曲で……」
「あのねぇ、私留学生よ?」
ボンが「あっ!」と声を上げると、ナード達は一斉に笑い出す。
「もうアカペラで良いんやない?」
「ひでえ!」
大げさにうなだれて見せる彼を見て、ドロシーがまた人の悪い笑いをする。そう、今日の集まりはナード達による大カラオケ大会だった。
「あの、何故私はここに?」
ミルクココア片手にちょこんと座っているのは、オリガ・バランだ。
昨日スパイトフルに呼び止められ、気が付いたらここに座っている。
「2番、ノエル・ウィットマン『Gerbera horizon』いっちゃうよー!」
「いよっ! 待ってました!」
「ノエルくーん! こっちに視線頂戴!」
居心地が悪そうなオリガに、ココアのお代わりを注いだのはユウキ・ナツメだ。
「そうだなぁ。僕はスパイトフルの考えなんて読めないけど、今回は分かる気がするかも。
「……知っていたんですか?」
「うん、ボスからきいた」
首都上空の大コンサートは、
そんな熱気に沸く作戦成功後、彼女は今後の作戦には参加しない旨を宣言した。残念がる皆に、彼女は言った。
『やむを得ないこととは言え、ラビッツのやっていることもまた破壊です。それをあの3体のロボットが教えてくれました』
彼女は、力強くこぶしを握った。
割り切っているつもりだったが、全然そんなことは無かった。大好きなロボットたちの四肢が砕けてゆく様は、彼女に
『だから私は、破壊を伴わない道を探したいんです』
彼女は言う。
父親は逓信官僚。彼とよく話し合って真意を探るだけでも、反
何より、自分には歌がある。
胸を張って、言い切った。
スパイトフルと言えば、笑いをこらえるので必死だった。自分が守ってやっているつもりでいた少女が、自分の遥か先を見ているのだから。それも、おそらく彼の内面を見透かして。こんな愉快で素晴らしいことは無い。
今夜の勝利者は彼女だ。自分はただの道化で良い。
『君の選択を歓迎するぜ。でも、俺たちは仲間だ。それは変わらない』
『はい! 志は同じです!』
彼女は最高の笑顔で握手に応えた。
「それで、ナードの会合ですか?」
「そーそー」
まあ実際、スパイトフル本人としてはそのような意図で彼女を誘ってみたのだ。あとはまあ、
「まあ、頑張ってよ。僕らは僕らでやれることをやるからさ」
きょろきょろと落ち着かない様子のオリガであるが、今日はスパイトフルとして現れるつもりはない。残念ながら。
もうそんな必要はない。もう彼女はお客さんではない。かといって同志でもない。対等な同盟者だ。
「……先輩、体調でも崩されました?」
突然言われて、オリガの顔を凝視してしまった。
「いつになく静かですから。こう言う遊びの時は率先して場の中心に居たがる方だと思ってました」
今の気持ちをなんと表現したらいいか。文学かぶれの彼にも判断しかねた。
「そうだなぁ、君も経験ないか? 凄く楽しい事があってルンルン気分だったのに、帰り道にちょっと嫌な事があると良かったことまで台無しになっちゃう感覚」
「ええまあ、分からなくはないですが」
無事作戦を終えて緊張を解いた時、オリガと同じように、あの3体の〔ラピットタイガー〕が思い浮かんだのだ。自分たちがいなければ彼らは社会の為に働いて、時には感謝されたかもしれない。それを自分たちは容赦なく破壊した。
自分達も結局、本を焼く人間と同じことをしている。その事実を改めて直視した。あの3つの残骸が、自分の行く末では?
そんな栓の無い考えをしてしまったら、楽しくなくなった。
どうやら、怪盗にもスランプが存在するらしい。
あの時
「でさぁ、その後に超いいことがあったわけ。そうなると反動でもうテンション上がっちゃって、気が付いたら徹夜で呑んじゃって。今に至ると」
その前にスーファにぶっ飛ばされるという重要イベントもあったが。彼女の洞察力は、予想通りバイザーの威力を軽く突破し、ひと目でナイトサイレンの正体を看破した。
事情を全部ゲロって土下座したところ、次は無いわと拳骨を頂戴したのだった。
オリガの決意に免じてと言う事だ。
「なんというか、ルーレットみたいにくるくる変わるメンタルですね」
ココアに口を付けて、ユウキを横目で見るオリガ。彼女に以前のような険はない。
「でもまあ、いいんじゃないですか? 結局いいことがあったのなら、多少はしゃいでも」
「へぇ、以前とは違う好待遇ですな」
いつもの堅物はなりを潜め、今日の彼女は良く笑う。いろいろあって吹っ切れたのだろう。
「それは先輩、頑張りましたからね」
いつになく高評価だ。しかし頑張ったのはスパイトフルであってユウキ・ナツメではない。
「僕はほら、ただの連絡役だから。君やスパイトフルたちが命を懸けている間、お酒を飲んで騒ぎを見守っていただけだし」
「そうですかね? 先輩も頑張ったみたいじゃないですか。
ちょうど口に含んでいたエールを吹き出しかけた。バレるのはスーファに続く2人目だが、今回は何のぼろも出していないのに。
「それはちょっと、過ぎた評価じゃないかい? 自慢じゃないが僕は根性ないよ?」
「説明できませんが、重なったんですよ。あの日妙に饒舌だったスパイトフルと、先輩の顔が」
どう答えようか一瞬迷ったが、結局はいつも通り煙に巻く事にした。
「重なっちゃったんならしょうがないな。思うのは自由だし」
が、忘れていた。彼女の〔ユニークスキル:冗談が通じない〕を。
「はい。自由にそう思います」
これは完全に確信しちゃってますね。割と乏しい根拠で。こういう時、彼女の勘は侮れない。
「まあ、先輩はスイッチが入りっぱなしの笑い袋みたいなものですから、たまにはスイッチをオフにして反省するのもいいんじゃないですか?」
「笑い袋!? ひどくない?」
ユウキの抗議をさらりと流して、立ち上がった。
「オリガ・バラン、『イモータル・バード』を歌います」
珍客の登壇に、ヒューヒューとナード共が声援を送る。
笑い袋としては支援しなければなるまい。
「不肖ユウキ・ナツメ、バランさんの為にオタ芸やります!」
オリガが嫌そうな顔をした。それはもう大変なしかめっ面で。
「オタ芸と聞いちゃあ、ナツメ先輩ばかりに任せては置けないっすねぇ」
「待て待て、オタ芸ならこのマルコが!」
「ちょっとー、男性陣! 汚い物見せないでー!」
宴会は笑い声に包まれた。
辛くなったら、自分はここに来ればいい。
自分の心を救ってくれた人たちだから。
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