第26話「次なる作戦は」
"大丈夫、女神エリスは見ていて下さる"
FWF大会役員の手記より
「さて諸君、今回の作戦だが、目標は当然、ここになる」
広げられたのはランカスターの地図、に見立てたサンドイッチの包み。
中止に追い込まれたフェアリー・ワンダー・フェスの開催予定地だった場所である。
参加者は実働部隊の4名と、支援部隊のリーダー。
通常作戦立案は彼らのみで行い、後方支援のメンバーは参加しない。情報を共有しない事により、どちらかが摘発、捕縛された場合に芋づるにならない為の措置だったが、これに固執はしないつもりだ。必要があれば今回のようにそのセクションのメンバーを招聘し参加してもらう。
「やっぱりやるんすね、作戦」
支援部隊リーダー、”ボン”が興奮とは無縁のようにつぶやき、ユウキはほくそ笑む。
「ボン」と言う渾名は、東方のある国で宗教家を指すスラングだそうだ。とある宗教の敬虔な信者である彼に、誰かが冷やかし交じりに付けた渾名だ。よって東方とは特に関係ない。
社交的な性格から来る顔の広さと、将来の人懐っこさ。支援部隊の取りまとめを務める理由だ。
彼のように熱気や勢いに流されない人間は、組織の中枢には必要不可欠。対価も出ない、有志の集団しかないブレイブ・ラビッツに、よくもまあこれだけの人材が集まったと思う。
自分にカリスマがあるとは思っていないから、理由は
200名以上のメンバーを持つ学生・ナードを中心とした有志の集団。それが、ブレイブ・ラビッツの正体だ。
スーファ・シャリエールなどがこの規模を知ったら驚くだろうが、これでも厳選した200名だ。
その8割近くの準メンバーは、構成員と言うより協力者に近い。それぞれの余暇や技能をボランティアで提供してくれる。与える情報や権限は限定的だが、リスクもまた小さい。
彼らは実働部隊が何処の誰かも知らない。スパイトフルが何者かを把握する事は無いだろう。
そして、ここに集まる権利を有している正メンバーが、
フライドポテトを呑み込んで、ユウキは前のめりになった。ちなみに、ここはランカスター芸術学院の中庭ベンチである。
まさか公権力とやり合う相談をこんなところで、しかも昼飯を食いながらしているとは思うまい。周囲は広いから隠れて聞き耳を立てる者もいない。しかもここは芸術学院。万一聞かれても「演劇のシナリオを考えてました」で押し通してしまえる。
唯一の障害がスーファだが、【
「作戦は今週末、つまり潰されたフェスの開催日に行う」
「ちょっと待ちなさい」
長身の女性、ライカ・コーレインが話を遮った。優雅にハンカチを口に当ててから。
彼女は実働部隊唯一の大学生。名門コーニーリアス総合大学の俊英である。人を使う能力にも優れ、ユウキが立案した作戦のブラッシュアップや、作戦時の指揮を行う。
コードネームは”マウサーキャット”。
「流石にまずいわぁ。前回派手に暴れた後だから、
もちろん、そんな事は分かっている。
ユウキはベリーの実を包みから拾い上げ、そのまま口に放り込む。
「だから、今回は突入しない」
もう慣れたもので、皆彼の突飛な意見に反応する事はない。
「作戦の骨子を説明する前に、状況を確認したい。ノエル、
声をかけられたのはノエル・ウィットマン。
何故か学院でメイド服を纏っているその姿は、恋愛小説の可憐なヒロインだ。何か理由があるらしいのだが、聞いていないので知らない。
メカニックとしては凄腕で、〔アルミラージ〕をはじめとした装備全般を統括している。
コードネームは”ピンヘッド”。
「うん、〔アルミラージ〕の全力出動2回分くらいは余裕であるよ。ただ、それを使っちゃうと作戦を実行するために遺跡掘りしないとだけど」
必要な数字を脳内で参照しつつ、器用にも皆に紅茶を注いで回る。
ラビッツの資金源、それは遺物局に届け出無しで密かに保有している地下遺跡だ。魔法薬の原料となる魔力苔を、それなりの量産出する。
これがなければ、〔アルミラージ〕を安定稼働できないし、そもそも建造資金も捻出できなかった。
なぜこんなものを彼らが持っているかは、正メンバー達にも話していないが。
「成程ね。じゃあ、全部使おう!」
「ちょっ! 待ってよ。話聞いてた!?」
身を乗り出すノエル。もちろんそんな事は知っている。
ユウキは市内――に見立てた包装紙に、再びベリーの実を配置してゆく。説明が進むにに伴って、メンバーの顔色が変わっていく。
「確かに、これは世紀の大作戦やな。ここで歌えば、フェスを中止にされた憂さ晴らしができそうや!」
がたりと立ち上がるドロシー・ナツメは、今から練習室に飛び込みそうな勢いだ。
彼女の任務は「広報」。歌やトーク、演技力で耳目を集め、場を沸かせ、人々の支持を集める。ブレイブ・ラビッツの要である。
今の幼い姿は、正体を悟らせない擬態に過ぎない。
コードネームはそう、”サイレン”だ。
「かなり人を動員する作戦だ。ボンの負担が増えるが、済まないが頑張ってくれ」
「任せておけよ」
当然のように頷くボン。自分が呼ばれるときは、大勢の人が動く任務。それは心得ているだろう。
「でも、ひとつ問題があるね」
万年筆を抜いたノエルが、包装紙にランカスターの直径半径、その他必要な情報を書き込んでゆく。
それを眺めて、ライカがうーんと息を吐いた。
「これだけじゃ
「それなんだよなー」
作戦の粗を指摘されユウキは腕を組んで黙り込む。ついでに用が済んだベリーの実を取り上げて、きっちり味わった。
「まあ、考えが無いわけじゃない。例えばだね……」
開陳したアイデアは、「作戦」というより子供の悪戯だった。
ただし、大陸史上最も金と手間をかけた悪戯だったろうが。
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