第2話「探偵、いきなり怪盗と出会う」
”そもそもだ、何で俺たちがあんな悪戯小僧の相手をしなきゃならんのだ?毎日そう思って仕事してたよ。
まさかその後、あんな大騒ぎになるなんて誰も思わなかったって!”
当時を知る警官のインタビュー(首都警察ノースアベニュー署普通科所属)
目の前に降り立った時、流石の怪盗も足を止めてひるんだ様子を見せた。
このまま動揺につけ込んで……とも思ったがそうもいかないらしい。
「……ふーん」
どこか楽しそうに鼻を鳴らす。
その余裕がどうにも癪に障ったが、もちろん表には出さない。
「名前を聞いても良いかな? 美しいお嬢さん」
美しいお嬢さんときた。
なんとも薄ら寒い文句だが、共和国ではこれが普通なのだろうか?
「スーファ・シャリエール。探偵よ」
怪盗の口角が吊り上がる。
いい玩具を見つけた、とでも言いたげに。
「オレは”
「リーダー? あなたみたいなのが他にもいるの?」
「
芝居がかった様子で、右手を振ってお辞儀する。誇大妄想もそこまでくれば立派な物である。
好奇心もそろそろ打ち止め。とっとと終わらせよう。
「彼は私が押さえます! 動きを止めたら一斉に捕縛してください」
警官たちの返事を確認しないまま、ステッキに魔法を込めていく。
『【
発動したのは相手と同じ身体強化の魔法。魔法戦闘ではオーソドックスなチョイスだ。
強い膂力の相手を取り押さえるのにも。
右手のステッキを振り上げ、左手を前面に出す。
この道を進むと決めた時から、欠かさず繰り返した動作である。
「へぇ、
探偵式格闘術は倒すための技術ではない。襲撃を生き残り、暗殺者を捕縛する為の闘法だ。
それだけに、泥臭さでは一日の長がある。
スパイトフルは手刀を振り上げ、左手を胸の前で水平に構える。ただし、今は包みを持ったままだが。
攻守に対応した隙の無い構えは、東方から伝わった”拳法”の中でも、最もメジャーな流派。
「そう言う貴方は
聯星流――広い門戸を持ち、激しく一挙一動する
もっとも、こうも言われる。
「軟派な拳法だが、極めてしまえばこれほど怖いものは無い」と。
まずスーファが動いた。
彼女は今銃を持っていない。
使うつもりは無かったが、相手が撃ってきた場合一方的に狙われることになる。
この状況で後手はありえない。
それに、左手の荷物――恐らく密輸品――は何か大事な物のようだ。動きが制限されているうちに制圧してしまいたい。
「ずいぶん情熱的だね」
ステッキの一撃はいとも簡単に左へ逸らされた。手刀が払いのけたのだ。
(だから聯星流は嫌なのよ! それにしても……)
手ごたえが重い! 流石スチーム・アーツを仕込んでいるだけあって重量級。ただの籠手とは違う。
だがこれも想定内。迷いなくステッキを放り出し、むき出しの顎に向けて左の突きを打ち込む。これも捌かれる。
胴体が空いた!
そのまま【
寝技固め技は探偵式格闘術のお家芸、固めてしまえばどんな拳法だろうと防げない。
しかし目論見は外れる。
バク転したスパイトフルが蹴りを放つ。スーファは軌道を変えて跳び上がり鼻先で回避、そのまま宙返りして彼の背後に着地した。
なるほど、こいつはなかなかの使い手だ。
「ちぇっ、今のは一本取られたなぁ。でも君、杖を手放したよな?」
「杖? これの事かしら?」
掲げられた右手には、既にステッキが収まっていた。
これは所長から受け継いだ特別製。スーファの魔力を感知して追尾してくれる優れものなのだ。
「まだ続ける? そろそろ警官が集まって来ると思うけど?」
下を見ると既に何十人かの警官が、こちらを取り囲んでいる。強化魔法を使える者はどんどん上がって来るだろう。
スパイトフルはフード越しに頭を掻いた。
観念した様子は無いが、ここで抵抗する気も無いらしい。
「その強さに免じて教えてやるよ。この包みは新型の爆弾だ。下の通りに落としたらどうなるかねぇ?」
「往生際が悪いわね。そんな安い脅し通用すると思う?」
呆れたように言い返す。そんな物を持っているなら、もっと大騒ぎになっている。切り札としてももっと早く切っているだろう。
「だったら警官に聞いてみな。今ここで包みを開いて良いかってな」
警戒を解かずに視線だけを警官に送る。
一笑に付すことを予想していたが、何かおかしい。彼らは2人の顔を交代で見ながら、なんとも微妙な表情をしている。
答えは明確にあるのに、それを告げるべきか戸惑っている。
そんな体だった。
「ほら、じゃあ好敵手へのプレゼントだ」
包みが宙に放たれた。
ここで迷うべきではない。使われたら世間様に迷惑がかかる物なら、直ちに回収すべき。たとえ爆弾ではないにしても。
スーファは躊躇なく空中へ舞った。
降り立った時、安堵の息を漏らし、包みに手をかけた。
そして
『渚でバンバン人妻コレクション~ダブルピース編~』『ぼくんちの窓はデバガメ天国』『たすけて先生! 僕の●●も閉鎖されちゃう!』
要するに、「
思えば市民たちに全く危機感が無いのを気にするべきだった。危険物を犯罪者の捕り物劇をあんなに呑気に眺めているわけがないではないか。
スーファは声にならない声を上げて、本を叩きつけ……ようとして一応は証拠品である事を思い出す。
頭上からは爆笑するスパイトフルの声だった。
「それじゃあ探偵さん、また会おうぜ!」
「逃げたぞ!」「探せ!」と警官たちが大騒ぎするが聞こえてくる。
呼応するように市民たちが大声で騒ぎだした。半分は罵声。だがもう半分は喝采だった。
「ふっ、ふふ……」
自然と笑みが漏れていた。
幾分かは屈辱の笑み。残りは獲物を見つけた狩人、いや探偵の笑い。
「……良いでしょう。シャリエール探偵事務所最初の事件簿には、貴方たちが載る事になるわ。ブレイブ・ラビッツ!」
怪盗ブレイブ・ラビッツとそのリーダーは後に気付くことになる。
自分たちが面白半分でからかった少女探偵が、不倶戴天の敵として立ちふさがってくることを。
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