第25話:燃え尽きない炎


◆◆◆◆


 俺は長々と自分の下らない愚痴にエミリアを突き合わせ、最後にそう言って口を閉じた。俺としては何年も話し続けたかのような感覚だったが、実際は大した時間でもなかっただろう。すべてを聞き終えたエミリアは、大きく深呼吸した。そして、信じられないほど優しいまなざしで俺を見る。その目は、断じて相棒を見殺しにして空から落ちたライダーを見る目ではなかった。


「あなたは、自分の成すべき務めをすべて果たしたのね」

「俺は! あいつを止めるべきだった!」


 俺は竜症で苦しんでいるはずのエミリアのすぐ近くで絶叫した。迷惑極まりない行動だったが、俺は止められなかった。


「あいつに恨まれても、罵られても、殴り飛ばしてでも飛ばせるべきじゃなかったんだ! 俺が一緒に飛ぶなんて言ったせいで、リチャードは死んだんだ! 俺が相棒を殺したんだよ!」

「でも、開拓地の女の子は助かったわ」


 エミリアはあくまでも冷静に告げる。


「親しくもない他人の命だ! リチャードの命と引き換えに助かるなんて――そんなの残酷すぎるだろ!? 俺は、それでも、リチャードに生還してほしかったんだよ! 他人なんかのために死んでほしくなかったんだ!」


 俺の言っていることは最低だ。人の命に順位をつけ、親しい人が助かるなら他人なんて死んでいいと公言している。しかも度し難いことに、これを元救命ライダーが言っているのだ。ライダー失格どころか人間としてどうかしている。


「俺のせいでリチャードは死んだ。俺がへまをしなければ、リチャードは死なずに済んだんだ」


 俺はエミリアの手から左手を離し、両手で頭を抱える。何千回、何万回、あの日からつぶやき続けた泥沼のような問答だ。


「違うわ。選んだのはリチャードよ。そして、共に飛ぶことを選んだのもあなた。自分を責めないで」


 気が付くと俺は、顔を覆って泣いていた。どうしようもなく涙が止まらない。年頃の女の子の前で、大の大人がみっともなく泣いているというこの構図。はたから見ればどれだけ恥ずかしいことか分かっているのだけど、俺はなおもすすり泣く。


「何度も思う。どうすればみんな助かって笑って済ませられたんだろうって。考えるたびに、自分が一番足を引っ張っていることを思い知らされるんだ」


 それは、俺がまともならばあり得た未来だ。勇敢なリチャードによって、開拓地に薬が届けられる。みんながそれで助かり、リチャードはあの女の子に「大きくなったら結婚して」なんて言われ、何か俺じゃ思いつかないような気障なことを言って笑いながら頭を撫でる。そして俺たちは開拓地から飛び立つんだ。小さな、けれどもかけがえのない成功をひっそりと胸に抱いて。


「考えるたびに、なくしたはずの右腕が火の中に突っ込んだように痛むようになった。あの時、竜炎で燃えたまま、右腕は空に忘れてきたらしい」


 でも、実際は違う。俺が竜雷を避けられなかったせいで、リチャードはサポートなしで空を飛ぶ羽目になり、墜落死した。俺は無様なことに生き延び、右腕を失った。女の子は助かったが、そのために払った代償はあまりにも大きすぎた。


「だんだんと、これは俺に対する罰だと思えるようになってきた。相棒の足を引っ張って見殺しにした俺は、地べたを這いずり回っている方がよっぽどお似合いだってな」


 ようやくすすり泣くのをやめて、俺は無様な顔で笑った。


「エミリア。世の中は所詮こんなもんだ。俺みたいなろくでなしは世の中にごろごろいる。分不相応に空を見上げない方が、いっそ幸せかもしれないぜ」


 俺はそう言って、ようやくすっきりした。つまり、俺は病身のエミリアをゴミ箱のように愚痴のはけ口にしたというわけだ。これで彼女のコーチとは、聞いてあきれる所業だ。




「――違うわ」




 凛とした声が、部屋に響いた。


「ジャック、私の目を見て」


 エミリア・スターリングがベッドに横たわったまま、俺を見ていた。その目には見おぼえがあった。彼女に従う美しき白銀の竜、エンタープライズにまたがり、ばい煙に汚れた空ではない、清浄な空を目指して飛ぼうとするあの一瞬。孤独かもしれないが、その生き方を恥じない誰よりも自由なそのまなざし。


「これから何度でも、あなたはきっと自分を責め続けるでしょうね。あなたは本当は優しい人だから。でも、その度に私を思い出して」


 閃光のように鋭いまなざしが、慈しみによって優しさを帯びる。


「お願い。自分をこれ以上傷つけないで。あなたは自分の務めを果たした勇敢なライダーよ。誰も悪くない」


 けれども、その芯には鋼のような強い意志があった。


「あなたを責める人がいたら、私があなたとその人の間に立ちはだかって言ってやるわ。『何様のつもり?』って」


 エミリアはわずかに笑った。なぜか、俺はその光景をあまりにも鮮明に想像できてしまった。当然の報いとして責め立てられる俺をかばって堂々と立ちはだかり、審問する者たちを睨み据えるエミリアの姿を。「何様のつもり?」と言い放つその言葉だって、一度も聞いたことがないのに容易に想像できてしまう。年下の女の子にかばわれるなんて、なんというみっともない姿だ。それなのに、俺はわずかに安堵してしまう。


「辛い時、苦しい時、耐えられない痛みにさいなまれる時、私の言葉を思い出して」


 けれども、エミリアは俺を軽蔑する様子などみじんもない。どやしつけて尻を蹴っ飛ばすわけでもなく、かといって無条件の甘い愛情で包み込むわけでもない。ただ、どこまでも峻烈でまっすぐな瞳で、俺を見る。再びエミリアの手が、俺の手を包んだ。


「――私はあなたを信じる。あなたは悪くない。どんなにあなたが『自分が悪い』と責めても、胸を張ってその倍『あなたは悪くない』って言ってあげる。あなたが百回自分を責めるなら、私が千回かばうわ。あなたが千回自分を責めるなら、一万回叫ぶから。堂々と『あなたは正しい』って」


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