七草の悩み

40球投げ終わり、タオルを取りに部室へ向かう。

部室に入ると、頭にタオルを被せて俯いてる七草がいた。


「あれ?ナナちゃんこんなところにいたんだっ!」

「あぁ、セイナいたの」

「今部室に来たの。 それよりもテンション低いね。 まだあの試合のこと引きずってるの?」

「まだ藤枝に負かされたことは引きずってるけど、今は自分の武器を見直していたのよ」

「縦スライダー?」

「そう。私の縦スライダーが九条さんのアッパースイングで思いっきり打ち上げられたからね」


アッパースイングは下から上へと腰を回しながら勢いで振る打法。

ゴルフのように打ち上げるため、高く飛ぶがフライになりやすい。

だが、芯で捉えて当てる一気にチャンスを掴めることもできる。


「入学してすぐにこんな濃密な経験を受けて、嬉しい反面洗礼を受けた感じ」

「そうだねー。すごく強かったもんね」

「そうだねーってアンタは一点も失点してなかったでしょ! 嫌味なん?」

「違うよー! 私だって全ての手札を晒したんだよ? 本当は全国までとっておく球種だったのに……!」

「たしかにその気持ちは投手として分かるけども……。 少し脱線したね。 今は縦スライダーの改良のこと考えてたの」

「まだ一年の4月だよ? 時期が早くない?」

「すぐに完成させるつもりはないわ、夏の県大会に向けての調整。 今年から甲子園へ目指すなら今から進化していかないと……っ!」

「たしかにそうだけど……、焦って逆にダメにならないようにね」


そう言い、綺羅は自分のロッカーにあるタオルを取り出し顔を拭く。


「心配してくれて、……ありがとね」

「ふふんっ。 ここでライバルが堕ちて張り合いがなくなったら、つまらないからねっ!」

「……そうね。 ウチはアンタを超えてエースを背負うわ」

「私も今以上強くなるんだからっ!」


二人は同時に部室を出て、練習に参加した。

グランドに戻るとスタメンは休憩していた。

その間はベンチメンバーと一部の一年生が守備練習を行っていた。

その一年生の中でも初心者もいて捕球がまだ慣れてなく、球の取りこぼしやグローブから抜けたりと悪戦苦闘しているがその中で一人、初心者と思えないほどの俊敏さで内野から抜けて転がって来た打球を捕ろうとしている。


桑原 陸。

明るい茶髪に日焼けしているような小麦色の肌で運動少女だと印象つく見た目である。

その彼女は元々、中学では陸上部に所属していて100m走と砲丸投げをやっていた。

それにより足が速く肩が強いのでまさに外野向きの期待の新人。


「りくちゃん、もう野球の守備慣れてない? 野球は高校からだよね?」

「そうらしいけど、凄まじい適応力ね……」


綺羅と七草は、その新人に対して率直な感想を思わず発していた。

そして、その新人に見惚れて外野を見ていたのを、丁度守備練していた水瀬が気づき二人に対して小さく手を振っていた。


「レイちゃんが手を振ってるっ! がんばってぇ~!」


綺羅はすぐにそれを気づき、水瀬に対してエールを送る。

それを水瀬は笑顔で応え、飛んできた打球を軽々と捕球して、遊撃手ショートに送球する。


「本職が捕手なのに、様になってるね」

「うん!レイちゃんは肩強いからね~。 筋トレはお風呂に浸かりながらやってるらしいよ」

「それ、疲れて眠くならない?」

「眠くなるよぉ。 私なんてレイちゃんのマネしようとして寝落ちしそうになったもん」

「それって疲労とリラックスのダブルコンボで?」

「うんうん。 まぁ私はお風呂を入る前に筋トレや練習してたけどね、それ込みでお風呂で筋トレはやばかったよ……」

「アンタ、気を付けなさいよ……」


二人で話してると、真下に球が転がって来た。


「すみませ~ん。 その球を捕ってくれませんか?」

「あっ、うん。 いくよ」

「ありがとうございま~す!」


綺羅は球を拾い、彼女の胸元に軽く投げた。


「アンタ、直球ストレート制球力コントロールが高いのね」

「投手なんだから当たり前でしょっ!」

「それとして、新入部員増えたわね」

「そうだね」


先ほど、綺羅の球を捕った子は本日から入って来た新入部員だった。

県大会出場が決定してから、まだ学校イベントである部活動紹介を行わずとも噂を聞きつけて入部してきた子もいる。

新入部員達は、球を慣れるためキャッチボールから始め、軽いランニングやバットの素振りを行っている。


「私達も軽くキャッチボールやる?」

「そうね。肩のストレッチついでに指導もしながらやりましょうか」


二人は、先輩達の邪魔にならない程度にスペースを確保して新入部員にアドバイスしながらキャッチボールをやる。


「何か昨日今日でセイちゃんと七草さんの仲、距離が凄く縮んでいない……? むむむ……」


二人が並んで歩いているのを外野がら見ていた水瀬は呟いていた。









練習が終わり、帰宅途中。

綺羅と水瀬は二人並んで歩いていた。


「セイちゃん、七草さんと随分と仲がいいよねぇ~」

「うん! まぁね、色々あったからね」

「イロイロとね……。 ふ~ん」

「何かちょっと不機嫌になった?」

「べっつに~、不機嫌になるほど子供じゃないから~」

「絶対になってるじゃんっ! ただナナちゃんとは、投手としてお互いに頑張ろうねってライバル宣言しただけだよ!」

「早口で言って、逆に怪しいわ」

「本当のことだよ、もう~」

「ふふっ、まぁ友達程度までの仲なら許します」

「何それ、ママ目線?」


二人は日課のじゃれ合いながら帰宅する。

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