第44話 帰還

「なあ、どうするよ」


 弓の男は本気で迷っているみたいだった。


 しかし、巨漢は渋い顔になって、


「馬鹿、だめに決まってるだろうが」


 と答えた。


「どうしてだよ。がんばって探したけど見つからなかった、って報告をすりゃいいだけじゃねえか。それで金貨千枚だぞ」

「そんな話が通用すると思っているのか? 相手はあのラース師なんだぞ」

「あ、そうか……」

「精神魔法を使われたら、そんな嘘は一発でバレちまうよ」

「たしかにな」


 弓の男ががっくりしたように言うと、女魔術師がなぐさめるように、


「正直言えば、あたしだって惜しいとおもうよ。でも、魔術院の指示に背けば、あたしたちが監獄送りになっちゃうんだから。あきらめようよ」


 と声をかける。


「ああ、そうだな……というわけで、マサキさんよ。残念ながらあんたの申し出は断るしかないようだ」

「だけど……」


 おれがどうにか食いさがろうとしたときだった。ふいに鋭い口笛の音がした。驚いてふりむくと、今までずっと黙っていた男が、街道の方を指さしていた。そちらから、ランタンの灯りが近づいてきている。


「どうやら城の連中が来たみたいだな」


 弓の男が言った。


 しばらくして馬に乗った人間の姿が見えてきた。騎士らしい。その後ろには徒歩の兵士が五人ほど従っている。


 騎士が間近までやってきて、その顔が見えたとき、おれはどきっとした。アルテミシアだ。彼女は厳しい顔で俺を見つめながら、馬を下りると、


「みなさま、さっそくのお働き、ごくろうさまです」


 と四人に挨拶した。


「あんたはたしか……アルテミシアどのだったか」


 巨漢が顎をかきながら言う。


「ええ、そうです」

「どうだい、あんたたちが追っているのはこの男で間違いないかい?」

「はい。この男こそ、マサキ・カーランドです」

「そうかい、それはよかったぜ」


 巨漢がほっとしたように言う。


「その男の身柄は、私どもがお預かりします。みなさまには、後ほどフラヴィーニ伯より御礼の品が贈られるでしょう」


 アルテミシアが言うと、弓の男が、


「俺は、領主さまからの御礼よりも、あんたからのご褒美が欲しいな。どうだい、仕事が終わった後、一杯つきあわないか?」


 と好色そうな目つきで言った。


「申し訳ありませんが、時間がないもので」

「つれないなあ」

「おい、それくらいにしておけ」


 巨漢は苦い顔で弓の男を制止してから、


「騎士どの、どうせ俺たちも城に戻るんだから、護送を手伝おうか?」

「いえ、みなさまのお手を借りるまでもありません」


 アルテミシアはそう答えると、兵士に命じて俺に手枷をはめさせた。

 手枷は木製のがっちりしたもので、鎖がついている。


「それじゃ、後はお任せしますね」


 女魔術師が明るく挨拶し、四人組は去っていった。アルテミシアは、その後ろ姿をじっと見送る。おれはどう声をかければいいのかわからなかった。


 しばらくして、四人が森のむこうに消えると、アルテミシアは振りかえった。


「さあ、時間がないぞ。急ごう」


 鍵を取りだして、つけたばかりのおれの手枷を外してくれた。


「え、逃がしてくれるのかい?」

「もちろん、最初からそのつもりだ」


 アルテミシアは馬にまたがると、おれにむかって手を伸ばした。おれその手をつかんで馬のうえに引き上げてもらい、アルテミシアの後ろに座った。


「では、おまえたち。父上によろしくお伝えしてくれ」


 アルテミシアが兵士たちに言った。よく見れば、彼らは全員マリヴォー家の家来だった。


「アルテミシアさま、ご無事であられますよう、祈っております」


 家来のひとりが言った。アルテミシアはうなずくと、馬の腹を蹴った。馬は大きくいなないて、猛然と駆けだす。


 まずは街道に出た後、東に向かって進んだ。わずかな月明かりだけが頼りだ。


 途中で、前方にいくつかの灯りが見えた。


「ほかの捜索隊だ」


 アルテミシアは馬の向きを変え、街道をはずれて森に入った。


 森に入っても、アルテミシアはほとんど馬の速度を落とさなかった。次々と目の前にあらわれる木々を、ぎりぎりのところですり抜けていく。いまにもぶつかりそうに思えて、おれは目を閉じて必死でアルテミシアの腰にしがみついていた。


 やがて、無事に森を抜けた。捜索隊の灯りははるか後ろのほうに見える。


「うまく避けられたようだ」


 アルテミシアはほっとしたように言って、ふたたび街道にもどった。また東に向かって駆ける。


 空が白みかけたころ、遠くにビルヒニアの城館が見えてきた。後ろを振り返っても、追っ手の姿などはなかった。


 城館のすぐ近くに来たところで、アルテミシアはやっと馬の足をゆるめた。跳ね橋を渡って、門のなかへ入る。


 おれたちが戻ってきたことは、すでに見張りによって城内に知らされていたみたいだった。すぐにクレールが玄関から走りでてきた。


「マサキさま、お城で何かあったのですか?」


 おれは馬から下りたけど、すぐには返事ができなかった。激しくゆれる馬にずっとまたがっていたせいで、全身の骨ががたがたになったような感じがしていた。


 クレールに体を支えてもらっているうちに、やっと声が出るようになる。


「城の兵士に追われているんだ。ビルヒニアはどこにいる?」

「ビルヒニアさまでしたら……」

「ここにいるぞ」


 ビルヒニアも玄関から出てきた。


「いったい城でなにをしでかしたのだ?」

「くわしい説明は後でする。とにかく、まずは城の跳ね橋をあげるように命じてくれ」

「いいだろう」


 ビルヒニアは城門の上にいる兵士に合図を送った。すぐに鎖が巻き上げられ、跳ね橋がゆっくりとあがっていく。


(これでひと安心か)


 たとえ追跡してくる部隊がいたとしても、跳ね橋があげられてしまっては諦めるしかないだろう。


「それじゃあ、どこか落ち着く部屋にいこう。そこで事情を説明するよ」


 おれたちは建物に入って、応接室にむかった。


 テーブルにつき、クレールのいれてくれたお茶を飲むと、やっと気持ちが落ち着いた。アルテミシアもほっとした顔でお茶をすすっている。


「どうだ、落ち着いたか? それならさっさと説明をしろ」


 ビルヒニアが苛々したように言った。


「わかったよ」


 おれはカップをテーブルに置くと、これまでの事情を説明した。


 話を聞き終えたビルヒニアは、不機嫌そうに頬をゆがめた。


「ちっ、あの魔術師め。命を救われた恩も忘れおって。やはり、やつは油断ならないと思っていたのだ」

「ラースさまは、おまえを捕らえることに反対だったそうだけど」

「だからどうした。結果的に魔術院の決定に従っているのだ。同じことではないか」


 ビルヒニアの瞳は怒りで赤く燃え立っているように見えた。


「とにかく、おれに逃げられたからって、魔術院がビルヒニアのことを諦めるとはおもえない。対策を考えよう」


 おれはみんなの顔を見まわしながら言った。

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