第21話 ダンジョンの入り口

 半日ほど船で進むうちに、おれたちは無事にダンジョンの入り口を発見した。


 それは沼にぽつんと浮かんだ石造りの建物だった。近くまでいくと、小さな祈祷所のように見える。だけど、それは水没した巨大な建築物のごく一部にすぎなかった。


 水面を覗いても、ぼんやりとした黒い影が広がっているようにしか見えない。それが沼の底まで届くどころか、はるか地中の奥深くまで広がっているとは、だれも想像できないだろう。


 もともとこの神殿は地上に建てられたものだった。だけど、数千年のときを経て大地が沼に変わっていく間に、少しずつ水の中へ沈んでいったんだ。


 ここがワイトキングたちの住みかだと思うと、濁った水面から瘴気しょうきが漂い出ているように感じられた。


 おれたちの船が、建物の入り口のまえに横づけされた。


「よし、いこう」


 おれは緊張しながら、建物へ一歩ふみこんだ。


 建物の水面に出た部分には、がらんとした部屋がひとつあるだけだった。本来だったら、ここが神殿の最上部になるはずだ。数千年まえには星を眺める天文台として使われていたのかもしれない。


 兵士たちは必要な荷物を背負い、たいまつを手にする。


 下へおりる階段は、部屋の奥にあった。四人の兵士たちが前衛となって降りていく。おれたちはその後に続いた。


 下の階に着くと、床が水びたしになっていた。泥のにおいが漂っていて、蟹や貝なんかが壁を這っている。ここはもう水面の下なんだから、魚が泳いでいたって不思議じゃない。


「なあ、ここより下の階は、もう水没してるんじゃないか?」


 おれは不安になってビルヒニアに聞いた。


「よけいな心配をしなくても、下りてみればわかる」


 それだけ言って、ビルヒニアはさっさと進んでいく。


(ほんとうに大丈夫なのか?)


 おれはビルヒニアの言葉をどこまで信じていいのかわからなかった。


「マサキさま、行きましょう」


 クレールがそう言って、ビルヒニアの後を追いかける。素直な性格だけに、おれと違ってすっかりビルヒニアを信じているみたいだ。


 この階も、そんなに広くはなかった。次の階段がすぐに見つかる。降りた先は、ダンジョン全体でいえば二層目ってことになる。

 

 階段を下りてみると、ビルヒニアの言葉の意味がわかった。床はまったく濡れていないし、空気もからりと乾いている。泥のにおいもしなくなった。


「そうか、神殿全体が魔法の力で守られているのか」


 もし単なる石造りの建物だったら、どれだけ頑丈につくったところで、浸水をふせげるはずがない。水中に沈めば、百年ともたずに崩壊していただろう。


「やっと気づいたのか」


 ビルヒニアが憐れむようにおれを見る。


「うるさいな、おれには魔法の資質がないんだよ」


 もし資質があれば、建物に入った瞬間、肌で魔法の力を感じたにちがいない。


 それにしても、数千年が経っても力を失わないなんて、古代魔術王国の技術のすさまじさを改めて感じた。


 ただし、魔法の力がおよんでいるのは外壁だけみたいだ。内部の壁や床は、あきらかに劣化がすすんでいた。上層の重さに耐えかねて、崩れかけている部分もあった。


 ダンジョンを三層目まで降りると、さらに壁の崩れが目立ってきた。下の階ほど、支える重量が増えていくんだから、それも当然かもしれない。崩落ほうらくした天井のせいで、通路がふさがれている場所もでてきた。


「ええい、ここも行き止まりか。まったく、忌々しい」


 ビルヒニアが苛々したように言って、道を引き返す。六十年まえに訪れたときとは、かなり状態が変わっているらしい。四層目まで降りる階段は、なかなか見つからなかった。


「ビルヒニア、ちょっと待ってくれ」


 小さな広間に入ったところで、おれは声をかけた。


「なんだ!?」


 ビルヒニアは噛みつきそうな顔で振り向く。


「そう苛々するなよ。ちょっと休憩しないか?」

「我には必要ない」

「おまえに必要なくても、おれは疲れたんだ」

「ちっ」


 ビルヒニアは舌打ちしたあと、兵士たちにあごで指図した。数人の兵士が見張りのために広間をでていく。残った者たちは休憩の準備をはじめた。床のがれきを片づけ、焚き火をして、わざわざ運んできた小さい絨毯を敷いた。


 おれがさっそく絨毯に座ると、


「おい、そこは我の場所だぞ」


 とビルヒニアが文句をつけてきた。


「いいじゃないか、ちゃんと三人座れるスペースがあるんだから」


 おれは相手にしなかった。

 ビルヒニアはむっつりした顔で、おれと反対側の端に腰をおろす。

 

「あの、ちょっとよろしいですか」


 クレールが兵士にあずけていたカバンを受けとった。なかからケトルとカップを取りだす。

 

「まさか、ここで茶を飲むつもりか?」


 ビルヒニアが呆れた顔で言う。


「はい。疲れをいやすには、お砂糖をたっぷりいれたお茶が一番ですから」

「おまえも見かけによらず、なかなか腹がすわっておるな」

「できれば、みなさんにも飲んでいただきたいところなんですが……」


 クレールは残念そうに屍兵たちを見まわした。


 焚き火でお湯をわかした後、クレールはハーブティーを注いで、砂糖をたっぷり三杯入れてくれた。


「どうぞ、召し上がってください」

「ありがとう」


 カップを受けとって、熱いハーブティーをゆっくりすする。気分を落ち着けてくれる香りと、砂糖の甘みが口のなかにひろがった。ガチガチになっていた筋肉と神経が、じわじわほぐれていくのを感じる。


 ここまで、おれは先を行く兵士の後をついて歩くだけだったけど、それでもかなりの疲れを感じていた。狭くて真っ暗な空間は、異常な圧迫感をあたえてくる。さらに、いつどこから敵に襲われるかわからないんだから、すっかり神経がすり減ってしまった。


 ハーブティーを味わううちに、やっと気分が落ち着いた。


「なあ、ビルヒニア。ここから先の道案内は、おれに任せてくれないか」

「なに? ……ああ、なるほど、あの力を使うわけか」

「たぶん、うまくいくと思う」


 おれはクレールにカップを渡した後、目を閉じて意識を集中させた。

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