第12話 深淵と繋がりし門

 ビルヒニアの変化についてはまた後で考えるとして、おれは質問を続けた。


「それで、わずかに残った肉片から、おまえは復活したってことだな?」

「ここまで肉体を再生するだけで三年かかった。もとどおりの姿に戻るまで、あと数百年はかかるだろう。まったく、忌々しい」

「これから、おまえはどうするつもりだったんだ? また死者の王国でも作るつもりだったのか?」

「…………」


 ビルヒニアは答えたくなさそうだった。だけど、あの頭痛を思い出したのか、しぶしぶと返事をした。


「我の力を完全なものにするため、モンペール城の地下につくられた魔法陣を消すつもりだった」

「なるほど、そういうことか」


 その魔法陣のことも、魔術院の記録に残っている。


 かつてこの土地には、魔界の深淵とつながったゲートが存在していたらしい。ビルヒニアはその門を通じて、無限の魔力を得ていたんだ。


 驚くべきことに、門はモンペール城の地下深くにある大鍾乳洞のなかにあった。


 勇者ロランズは、まずは魔法陣で門を封じ、ビルヒニアを弱体化させたうえで討伐にむかったんだ。


「魔法陣を消すっていうのは、具体的にどうやるんだ?」

「おまえは魔術院にいたくせに、そのくらいのことも知らぬのか」

「おれは下っ端でね。そういう機密事項にはふれさせてもらえなかったんだ」

「ふん……簡単に言えば、モンペール城主のフラヴィーニを殺せばよいのだ。やつが毎日祈りを重ねることによって、魔法陣の効果が維持されるという仕組みになっているからな。やつが死ねば、十日も経たぬうちに門はまた魔界にむかって開くことになる」

「そうか……そうなるまえに、おまえの計画をふせげてよかったよ」

「ふんっ」

「おまえがおれの命令に従うかぎりは、フラヴィーニ伯は安全ってことだな」

「…………」


 ビルヒニアは無言でそっぽを向く。


(……怪しい)


「ビルヒニア、答えろ。もしかして、フラヴィーニ伯の命を狙うやつが他にもいるのか?」

「……おる。すでに城に潜りこんでいるようだ」

「そいつは何者なんだ?」

幻魔ファントムのゴルカだ」


 聞いたことがない名前だった。

 少なくとも、魔術院の記録には残っていないはずだ。


「ゴルカについて、くわしく教えてくれ」

「我もそう多くは知らぬ。先日、やつが急にあらわれて、初めて顔をあわせただけだからな。ただ、やつが暗黒魔術の使い手であることと、物質的な本体をもたず、他の生物に憑依ひょういすることだけはわかっている」

「憑依って?」

「その生き物の精神を乗っとり、肉体を自由にあやつるのだ。我のまえにあらわれたときは、大鷲に憑依しておった」

「じゃあ、いまもだれかの体を乗っとって、城にもぐりこんでるってことか?」

「おそらくはな」


 たとえば、城の料理人をあやつれば、いつでもフラヴィーニ伯の食事に毒をいれられるわけだ。


「そいつをここへ呼びだせないのか?」

「無理だ。やつとは一度顔をあわせただけで、その後は連絡をとっておらぬ」

「魔族同士で協力したりしないのか?」

「やつめ、よけいな手出しをせずに黙って見ていろ、などとぬかしおった。だれがあんなやつに力を貸してやるものか」


 ビルヒニアはふくれっ面で言う。


「ゴルカは、魔王に指示されて動いているのかな?」

「やつはそう言っておった。魔王は、ロランズが好き放題暴れていることに、とうとう我慢ならなくなったそうだ。やつに鉄槌をくだすべく、地上へ魔界の軍勢を送り込む。そのために門を開くようにとゴルカに命じたらしい」

「それじゃあ、もし魔法陣が消されて門が開くようなことになったら……」

「魔族の精鋭たちが王都へ一気に攻め入り、王侯貴族から庶民まで、ことごとく殺し尽くすであろう。王都は一夜にしてこの世の地獄と化すのだ」


 うっふふふ、と嬉しそうにビルヒニアは笑う。やっぱりこいつは危険なやつだ。気を許さないようにしないと。


 ちょうどそこで、クレールが部屋に戻ってきた。


「遅くなってもうしわけありません」


 クレールのうしろには数人のメイドがいて、それぞれが料理の皿を手にしていた。


「厨房の設備があまりに立派だったもので、つい嬉しくなって、色々と作りすぎてしまいました」


 テーブルに料理がならべられていく。焼いたハムやソーセージ、シチュー、パイ、パンケーキ。


「おお、豪華じゃないか。さっそく食べよう」

「はい」


 おれたちは食事を始めた。厨房の設備がしっかりしているせいか、料理はいつも以上においしかった。おれは夢中で食べていく。クレールは、そんなおれを見て満足そうに微笑んでいた。


 いくつかの皿を空にして、ブドウ酒を飲みながらひと息ついていると、ビルヒニアがじっとおれを見ていることに気づいた。


「何だよ、お前も食べたいのか?」

「だれがそんな下等なものを。豚のようによく喰らうものだと呆れていただけだ」

「うるさいな。今夜のところはもう用がすんだから、どこかへ行ってくれ」


 おれが言うと、ビルヒニアは無言で立ち上がって、扉にむかった。


「待て、ビルヒニア。お前に用があるときはどうすればいい?」

「部屋の前にメイドを立たせておく。その者に用件を言えば、我に伝わる」


 そう答えて、ビルヒニアは部屋を出ていった。

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