第48話 秘書の妖しい秘密

 沙也香の顔は、ワインで酔って赤くなっていた顔ではなかった。

 真一郎は一言、沙也香にいった。

「これは君が買ったの?」

「……」


 沙也香は黙っていたが、こくりと首を少しだけ動かして頷いた。

「好きなんだね」と言うと返事は無い。頬を赤く染めたその顔は今まで見たことのない沙也香の顔だった。


「そうか。今まで誰かにしてもらったことは?」

 このときばかりは、沙也香は首を強く横に振り否定した。


 真一郎はこの手の写真などを始めて見たわけではない。ずっと前に場末の映画館で偶然この手の映画を見たことがある。そのときの衝撃を思い出していた。


 そんな世界を始めは知らなかったし、別の世界だと思っていた。それは『O嬢の物語』というフランス映画だった。主演のヒロインは美しいモデル出身のコリンヌ・クレリーであり、レズシーンや全裸の男女のセックスシーンがあった。妖艶な女優が縛られて陵辱されるという映画だったような気がする。


 そういう類いの本を自分の秘書が興味を持っているとは考えたこともない。この本があると言うことは沙也香が興味を持っていることだと、真一郎は理解した。


 思い直してラックの中を探すと、まだ他にもその手の雑誌が二冊ほどあり、それで真一郎は沙也香の隠れた性癖を確認した。

 その写真の中の女性と沙也香がダブって見えたとき真一郎の身体の中にある思いが過ぎったのである。


 それは沙也香は私にわざとこれを見せようとしてたのではないか? そうでなければ、こんな場所に無造作に置くわけが無い。真一郎がラックの引き出しを開けるとその手の玩具や赤い首輪とリード、縄等がその中にあった。

 もうこれで疑う余地は無い。


「君はSなの?」

 沙也香は黙って首を横に振った。

「じゃあMなんだね」今度は黙って頷いた。


 それをわたしにして欲しかったのか? そう思うと今まで自分に忠実に従ってきた沙也香がなんとなく理解出来た。


 秘書としては当然だが、自分の指示にはほぼ完璧に遂行するし、反発をしたことは一度も無い。無理なことを押しつけても嬉々としてこなすのもその一環だろうか……。


 それは沙也香のこの性癖と関係あるような気がした。女が誕生日に男を部屋に招くということは、ある種のアバンチュールを期待しているのではないか。


 それに見られたくない物を隠すことなく、晒しているのは、それをして欲しいという現れではないか、と真一郎は理解した。


 今、自分の前にいる沙也香は秘書の沙也香ではない。一人の性に憧れ、性に溺れたい女なのだ……そう思うと、今まで沙也香に躊躇していた真一郎の思いが吹っ切れた瞬間だった。


 そして自分は今、この瞬間に於いて沙也香が慕う部長ではない。そう理解すると、彼自身が驚くほど冷静になっていた。

 この場に及んで彼女の欲望を満たしてあげることこそ、今自分が出来る沙也香への『愛』だと確信した真一郎だった。


 彼女には今までに様々なことで助けられた。危ない橋を渡るときには必ず彼女がいた。心から信頼する最高の秘書である沙也香の望みを叶えられないでどうする。それがたとえ破廉恥なことだろうが、変態と言われようが『俺は沙也香の心に沿ってあげたい』と心から思う真一郎だった。


 今まで仕事では専属の秘書として自分に忠実に従ってきた沙也香だが、どこか超えない一線を感じていた。それを今夜は超えよう。彼女の願いを叶えよう。


 沙也香は急に目つきが代わり猛々しい顔になっていく真一郎を感じて身震いした。その変化に気が付かなければ、本物の秘書とは言えない。

 前から思い抱いていた願望と、相反する恐怖を感じないわけにはいかなかった。


「ではこれから沙也香の思いを叶えてあげよう。この写真のように。それでいいな、これで沙也香」

「は、はい……」沙也香は身震いをした。それは恐怖とも違う欲望とまだ経験の無い欲望を願うときの極度の興奮なのかもしれない。

「裸になってごらん」

「はい……」


 真一郎にとって、いつも自分のそばにいて甲斐甲斐しく立振舞ってくれる沙也香だが、当然とは言え彼女の裸を見たことはない。

 その沙也香はいま裸になろうとしている。一枚一枚、着ているものが床に滑り落ちると彼女の豊満な肉体が露出してくる。 

 すでにワインの酔いは醒め、それ以上の興奮を感じている沙也香の頬は紅潮し、いつも自分で慰めている自慰に比べその比ではなかった。


「さあ、手を後ろに、沙也香」

「あん。はい、真一郎さま」

 このとき沙也香は真一郎を部長から『真一郎さま』と言った。これこそ沙也香がM女になった瞬間だった。


 交差した手を後ろに回し、沙也香の手は赤い縄で縛られていく。

「大丈夫かな、沙也香」

「は、はい」

 真一郎の手元には、ラックの引き出しから取り出した首輪とリード、朱に染まった縄がその出番を待っているようだった。

「さあ、これをつけてあげよう。首を差し出してごらん」

「はぁ、はい……」

 沙也香は、このまま倒れてしまうのではないかと思うほど興奮している。目が虚ろになり吐く息も荒い。真一郎は心配して沙也香に声を掛けた。

「大丈夫か、沙也香? 止めようか」

「いえ、お、お願いします。続けて下さい!」


 首輪を沙也香の首に巻きつけると、この部屋は別世界になる。沙也香のその姿は真一郎に『O嬢の物語』のコリンヌ・クレリーを思い出させた。

 首輪をつけただけで(はぁはぁ……)と犬のように呼吸を乱す沙也香をみて真一郎も興奮の度合いを高めていた。



 

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