第17話 超過残業問題

 蒼井専務は、社長の浦島慶次の社長室に呼び出されていた。


「今日の司会、進行の役目ご苦労さん」

「いえ。社長とんでもございません」


「ところで、小川取締役が言ったことで、従業員に過剰な労働を科しているということだが、それは君のところの事業部のようだが、どういうことかね?」


 慶次は椅子に座りながら、じっと蒼井を見つめていた。


「はい。それは確かに小川取締役があそこで言った部署とは、私の統括するIT事業部だと思います」


「なぜそれを私に報告をしないのかね?」

「は、はい。申し訳ありません」


「その言い訳はいい。私はその具体的なことを聞いているのだよ。早く言いたまえ」

 慶次は、蒼井の煮え切らない言い方にイライラしていた。会議室の中で皆の前で恥をかかされたことが再び蘇ってきたようである。


「実は横芝電気様からいただいた人工衛星追跡システム・プログラムの総作業工数時間が契約したものよりも大幅にかかってしまいました。そのために作業員が残業した工数の、六十時間を超過した分はカットという結果になりました」


 蒼井は顔を慶次に向けることなく、目を反らして下を向いていた。どんな返事が来るか、蒼井は怖れていたからである。


「わかった、しかたがない。次の仕事で契約する時には注意しよう。まだ支払われていない超過残業分については作業者には至急支払ってくれたまえ。こんなことが続いたら彼等のやる気をなくしてしまうだろう。部下から信用を失ったら、こういう仕事は上手くやっていけない。しかし、残業に見合った仕事してるかと言う見極めもしなければならない。要するにだ。けじめをつけて仕事をしようと言う意味だよ」


「わかりました。社長」

「しかしだな、蒼井君」

「はい」

「これからの見積もりは、そういうことを見越してもう少し慎重にしてみよう」

「わかりました」


「これは不祥事を起こしたことじゃないので、各役員の報酬を一律に減額することできないだろう」


「そうですね。了解いたしました」

「超過残業支払いについてはそれでいいだろう。次の話をしようか」


 蒼井はほっとした。いざというときには辞表さえ書こうかと思っていたからである。それに社長が言う次の話とはなんだろうか、気になる。


「はい。どんな話でしょうか? 社長」


「蒼井君。君は最近のこの産業界の流れについてどう思うかね? 当然わが社の経営に関することを含めてのことだがね」


「はい。この業界に於いては、今は、目まぐるしくデジタル化が進んでいます。かつてのようなアナログの世界は昔ほど着目を浴びていません。それだけにこだわっている企業は衰退していくでしょう。あの写真や映画用フイルム大手のコダックがそうであるように」


「なるほど。それで?」


「はい。どの店を見てもメーカ名が違うだけで、どれも同じようなデジタル製品が並んでいます。ですから、このようにデジタル技術だけを使った製品だけで競い、生きていくことが非常に厳しい業界だと言えます。これは我が国だけでなく、台頭している韓国や中国などアジアの国などもすでに脅威となっています」


 こういう話になると蒼井は落ち着いていた。自分の得意とする領域だからである。

「ふむ、わしもそれは肌で感じているわいな。それで?」


「急速なデジタルの嵐によって、そればかりに頼っている会社は自然淘汰とうたされてしまうでしょう。ですからアナログとデジタルを併用した斬新なアイデアをもった会社こそ、これからが有効になるのではないでしょうか」


「ふむ」


「しっかりとアナログとデジタルの良さを生かしつつ、斬新なアイディアの製品を作り出せばこの厳しい産業の中で生き残ることが可能だと思います。そういう意味でメカトロニクスとデジタルを癒合させた デジメカトロニクス等に重点を置いた戦略が必要だと私は思うのです」


 蒼井は先程の残業問題から解放されて、珍しく熱くなって一気に自分の気持ちを述べた。それはおそらく社長の浦島慶次も同じことを考えていたに違いないと思った。


「なるほど。さすがにIT関連の君だからこそのアイデアだな。それを我が社にいかに反映させるかが今後のテーマになるだろう。そうだな。蒼井君」


「はい。そうだと確信します」

「わかった。しかし、わしはもっとその先を考えているんだよ。蒼井君」

「はあ。そうですか、社長?」


 蒼井は珍しく熱い気持ちで言ったのだが、その先をこの老齢になりかけた社長が何を言うのか、想像もつかなかった。

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