第4話 会社の創立記念パーティで

 或る日、株式会社・浦島機器製造の創立記念日のパーティが東京のホテル・サンチャルノで行われた。


 日が高いときに、会場がある高いその階から窓の外を見れば、遠く富士山や丹沢山塊まで垣間見られることがある。

 今、その時刻は、会社を定時で終え、社員達が集まってきた夕方であり、見えてくるのは闇に浮かぶきらびやかなネオンの景色だった。


 社長が挨拶をし、一通りのセレモニーが終わった後、それぞれに会話が弾んでいた。ひろみは話す友達も無く窓際にたたずみ一人でワインを飲んでいた。


 彼女は美しいのだが、なぜか社内の男達は声を掛けてこない。いつもは目立たない服装のひろみだったが、その日は少しばかりお洒落をしていた。


 普段はしない化粧をし、袖のフリルがアクセントで、ブラックネイビーの落ち着いた色合いのパーティ・ドレスを着ていた。

 その細い首には白い真珠のネックレスが光り、ドレスの色と対比の鮮やかさがひときわ目を引いていた。これはひろみが唯一ゆいいつ持っているおしゃれ着である。


 そんなひろみの変身ぶりに気が付く人は少ない。美人なのだが、普段は地味な服装のひろみはその日は違って見えた。その際立きわだてに誰も近寄ろうとしない。そのとき、ふらりと社長の慶次がやってきた。


「おや、君はたしか庶務課だったね」

「あ、はい……」


 いつもは近寄りがたい感じの社長の慶次だったが、その日は違っていた。始め戸惑ったひろみだったが、彼も少し酔っているせいかリラックスしている。


「仕事はどうかね」と言いながら、慶次はじろりとひろみを観察しているが、その目は社長と言うよりも男の目だった。


「はい、なんとか頑張っています」

「そうか」

「はい」

 ここまでは普通の会話だった。周りもそんな二人を気にすること無くそれぞれに飲んだりしている。


「なにか困ったことなど無いかな?」

「あ、はい……じつは」


 少し酔った勢いのせいか、いつになくひろみは生活の実情を慶次に打ち明けていた。


 彼は頷いていたが、

「ここには人が大勢いるから他の場所が良いね。なんとかしてあげたいが……そうだ、打ち上げが終わったらこの部屋にいくから後でおいで。待っているからね」


 そういって慶次は胸から取り出した手帳に何やらメモを書き、それをひろみに渡した。そのメモには部屋のルームナンバーが書いてある。


 一人になり、ひろみは迷っていた。社長といえども彼は男である。おそらく自分の身体が目的だろうと想像した。自分は子供ではないし、そのくらいのことは分かる。しかし、このままでは何も変わらない。


 しばらく考えていると、ひろみに誰かがワイングラスを持って近づいてきた。それは営業一課の新郷亮祐しんごうりょうすけだった。彼は社内でもハンサムでプレイボーイという噂が立っている男だった。


「きみ、一人なの?」

「えっ? あ、はい……」

 新郷は馴れ馴れしくひろみの肩に手を掛けた。


「もうすぐ、ここも終わるようだから、僕と行かない?」

「どこへですか?」

「外だよ、僕がよく行く洒落たクラブなんだ、行かないかな?」

「ごめんなさい。わたしこれから行くところがあるので」


 亮祐は、軽く会釈をして離れていったひろみの後ろ姿を見つめていた。


「ちぇっ……誰も誘わないから、来てやったのに。お高くとまっているぜ、あの女」


 亮祐は、もう次の女を物色している。

 彼の誘いを断った時点でひろみの心は決まった。彼女はエレベータに乗り、慶次がメモを渡した最上階の部屋のドアーをノックした。

 すると直ぐにドアーが開き、慶次が顔を出した。


「よく来てくれたね」

「はい。お邪魔してよろしいですか?」

「もちろんだとも、入りたまえ」

「はい。失礼します」


 その部屋はホテルの最上階にあるスィートルームだった。

 アパートの狭い部屋に住んでいるひろみにとって、その部屋は夢のようだった。


 奥にはダブルベッドがある。窓から見える景色は陽も完全に落ちて、目映まばゆい光の中にお伽の世界のような夜景が広がっていた。


「きてごらん、ここに」

「はい」 

 

 ひろみは慶次に言われ彼が立っている窓際にきた。


「綺麗だろう。見てごらん。あんなにネオンが光り輝いている」

 慶次は、ひろみが相談に来たというのに、夜景に魅入っている。


「はい、素敵ですね」

 ひろみはこの部屋の豪華さと夜景に圧倒され、ここに来た目的も忘れて窓の外に広がる夜景を慶次と眺めていた。

 そのひろみの後ろ姿を、慶次は熱い目でじっと見つめていた。




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