第忌譚【照る照る坊主】・戎捌

 心の奥からどす黒いモノが溢れ出そうになる。だけど、僕が全てを言い終わる前におからが一際大きな声で吠えた。


『わん ! ! 』

「っ ! あ、えっと……」


 その声で、ふっと我に返った僕をおからがじっと見つめる。


「……大丈夫だよ。ちょっと、ボーっとしてただけだから」


 優しく頭を撫でてあげるけど、それでもおからは心配そうな目で僕を見つめてくる。なんだか、その目を直視できなくて僕は振り返ってもう一度を拾う。

 今度は、記憶が流れ込んでくる事はなかったけど……何か聞こえた気がして耳を近付ける。


『……いた、い』

「……」

『あ、いた……い』

「……」

『妻と子に……もう、一度』

「…………解った」


 僕の答えを聞くとは微かに微笑んだ。持っていたハンカチでを包むと、潰してしまわぬ様に気を付けながら上着のポケットへと入れた。


「苦しいかもしれないけど、少しだけ我慢してね。……よし。

 おから、帰ろう」

『わん ! 』


 そう言った瞬間、ぐにゃりと周りの景色が歪みただ暗いだけだった空間が見知った森へと変化する。


「……戻って、来れた ? 」


 辺りを見渡すと、少し離れた場所に五六寺のてり屋根を見つけた。先ほどまで、何もない暗いだけの空間に居たからか夜闇の方が少し明るく感じる。

 だが、少し小雨が降っている所為で眼鏡が濡れ視界が見え辛い。


『わうっ ! 』

「っ ! おから ? ? 」


 おからが服の裾に噛みつき、ぐいぐいと引っ張って来る。まるで、こっちに行こうっとでも言う様に……


「……わかった。行こうか、おから」


 歩き出す前に、一度だけ五六寺の方向へ振り返る。そして、上着のポケットに手を入れて中のをそっと撫でて呟く。


「待ってて下さい。きっと、奥さんとお子さんに会わせてあげます」


 確信はないけど、の言っていた言葉は【首無し法師】の……だと思う。だから、その未練を叶えてあげたらきっと成仏してくれる筈。

 それに、生きているうちに再会を果たせなかった家族と死んだ後も会えないなんて悲しすぎる。結果はどうあれ【首無し法師】は、最後まで人々の為に頑張ったのに……その見返りがこれじゃ、あんまりにも不憫ふびんだ。


「頑張った人間は、報われるべきだ」


 【首無し法師】は、自我を忘れて失った首を求め僕らを襲ってきた。どんな理由があったにしろ、それは覆る事のない事実だ。

 でも……だからと言って、このまま【首無し法師】を悪霊として除霊するのは何か違う気がする。お人よし過ぎると言われるかもだけど、僕は彼をちゃんと成仏させてあげたいんだ。


 それに……


「父さんが生きていたら、きっと今の僕と同じ行動をした筈だから……」


 いつも真っすぐで、ちょっと抜けてるとこもあったけど優しかった父さん。死んでから十年経つのに、一度も姿を視せてくれたことはないけどさ。

 きっと、側で見守ってくれてるって信じてるんだ。だから、僕の目標で一番尊敬する父さんみたいに自分が正しいと思う事を貫きたい。


 もし、間違ったり裏切られても自分の所為。その時は、周りに迷惑がかからないよう自分で決着をつける。


『なら、ちゃんと約束守ってね ? 』

「っ ! ……え ?」


 不意に後ろから聞こえて来た、聞きなれない少女の声。僕は心臓が飛び出しそうなほどに驚いた。



 でも、直ぐに振り返って確認したのに……そこには、誰も居なかったんだ。

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