第忌譚【照る照る坊主】・陸

「ほんと ? 」

「ああ、本当だよ。大丈夫。


 ……あの頃は、社を取り壊す事が決まっていた。そこで、ご神体を社の外に出していたんだ。

 通常は木箱に入れ、社の奥に鍵をかけて置いておくのが習わしだが……封印してしまう前に、少しでも【白神様】を外に出してやろうと言う五六夫妻の優しさからな。だから、あの時期は余計に誰も社に近付かなかったんだ。

 わざわざ森の中にある社に行くとも思ってなかったから、お前たち子供にもあえてこの事は伝えずにいた。


 ……まさに、後悔先に立たずだ。言っておけば、お前たちが社に近付く事もなかったんだろうからな」


 手に持った写真を見詰めて、俯いた祖父は悔しそうに顔を歪めた。次の瞬間、その両目から涙が溢れ出すのを見て僕は驚く。


「じいちゃん……」

「すまん……続きを話そう」


 言いながら、祖父は服の裾で涙を拭うと続きを語り出した。


「それでな。お前たちを見つけた後だ。

 睦十と剱くんが青ざめた顔をして戻って来てな。二人は、お前たちを探して社まで行ったそうなんだ」

「うん」

「そこで、二人は視たらしい」

「……何を ? 」


 何故だろう。真相を知りたいのに、続く言葉を聞くのが怖い。

 僕は耳を塞ぎたくなる衝動を必死に抑え、最後まで聞かなければいけないと自らに言い聞かせた。


「社の前に佇む姿……っと、二人は言っていた」


 瞬間、ドクンっと鼓動が大きく脈打つ。脳裏に浮かんだのは、一人の少女。

 狐のお面を着け、真っ白な着物を着た白髪の少女が自分に微笑みかける姿。お面の目元に空いた穴から覗くその目は、血の様に赤く妖しく光っている。


 刹那せつな、僕は眩暈めまいがして意識を手放した。っと同時に、腰かけていたソファーからその身体がずり落ち床に倒れ込んだ。


「綠 ! 」


 意識を手放す間際、祖父が自分の名前を叫ぶ声に重なって父の声が聞こえた気がした。それから、どれぐらい時間が経ったのだろう。

 次に僕が目覚めると、そこには見慣れない天井があった。


「あれ……ここは ? 」


 部屋を見渡せば、部屋の隅に仏壇が置かれている。どうやら、仏間の様だ。

 そう言えば、帰ってくる前に母が折角だから仏間に寝かせてもらいたいと言っていたのを思い出す。形だけでも、家族で一緒に寝たかったのだろう。

 そんな事を考えていると背後で襖の開く音がして振り返る。すると、そこには予想外の人物が立っていた。


「よ。大丈夫か ? じいさまたちが心配してたぜ」

久哉ひさや……くん ? 」


 そこに居たのは幼馴染みの一人、一時いっとき久哉ひさや。村に住んでいる彼がここに居るのは別段不思議ではないのだが、突然の再会とある事に驚き固まってしまう。


「 ? 何、固まってんだよ ? 」

「あ、……えっと」

「何だよ ? 」

「髪、染めたの ? 」


 再会の挨拶も忘れ、僕は思わず問いかけてしまった。僕が驚き固まった理由、それは紫に染められた久哉の髪が原因だ。

 ぶっきらぼうで口は悪いが、優しくて幼馴染の誰かが困っていれば一番に駆けつけて助けてくれる。それが、僕の知る一時久哉と言う人物だ。

目つきが悪い所為で、不良に絡まれても相手が手を出さない限りは何もしない。でも、自分以外の誰が絡まれると黙っていなかった。

 とは言え、正義感が強く曲がった事が嫌いで根が真面目な久哉が髪を染めているとは想像もしていなかった訳で……まして、それが紫だなんて…………


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