第33話「ありだと思います」





 攫われたマルグリット王子を追い、わずかばかりのペットを引き連れ王都を飛び出した私は、南に向かい馬を走らせていた。

 王都の南に向かっているのは、この馬──サクラの鼻を信じてのことだ。残念ながら、まるで地上に下りた天の川のように光り輝き漂っていた王子の匂いは今はもう消えてしまっている。

 元々王子の愛馬であったサクラは、この一行の中で最も王子の匂いを強く覚えている。その彼が南だと言うのだから、王子は南に連れ去られたに違いない。


 街道を南に下ってゆくと、程なく町が見えてきた。遠目に見える印象では、どうやら宿場町のようだ。町を守る壁や塀のようなものは見られない。魔物に襲われたらどうするのだろうか。あんな木の家など、ゴブリンの投石で容易に破壊されてしまうような気がするのだが。少なくとも、私の故郷マルゴーであれば一日も保たずに廃墟になってしまうだろう。

 だとすると、逆説的に言えば、今町が無事にあるのであれば魔物による被害はそれほどでもないのかもしれない。

 いや、そうとは限らないか。たとえ破壊されても一日で町を造り上げる特殊な技能を持った職人が住んでいる、という可能性もある。

 冷静に考えたらそっちのほうが面白いな。そうだったらいいな。

 私はそんなささやかなワクワクを胸に秘め、王子の手がかりを探るべく宿場町に入った。





 街道はそのまま大通りに直結しているようで、シームレスに町に入ることができた。門衛なども立っていない。故郷の屋敷と王城くらいしか知らなかった私としては、このシームレス感はまさにリアルなオープンワールドといった感じで感慨深かった。王都からこの宿場町に至るまでの道中は、夜だったこともあり残念ながらあまり景色を見ることは出来なかったのだ。サクラに乗っていなければたどり着けなかったかもしれない。


「さすがはサクラですね。鼻だけではなく夜目も利くなんて。……え? 膝の裏ですか? 退化した指? すみません、何言ってるかわからないです」


 サクラは賢いのだが、馬であるせいか、たまに話が通じないことがある。人間とは文化が違うので仕方がない。


 町の家々特別に新しいものという風ではなかった。むしろ年季が入っているというか、何度も改築した跡さえみられる建物もある。

 門衛がいないことからすでに察していたが、魔物の襲撃を頻繁に受けているような様子はみられない。おそらくこの周辺には魔物はあまり出ないのだろう。マルゴー出身の私からすると信じられない事実だが。


「王都に近いから、でしょうか。いえ、あるいは魔物が少ないからこそ王都という国家の中枢が置かれることになったのか……。でも、そうだとするとどうして王都には立派な城壁があるんでしょうか。魔物がいないなら要らなくないかしら……」


 そう独り言をこぼすと、サクラがブヒヒンと答えてくれた。


「対人間用ですか。なるほど。魔物がいないから人同士で争う余裕があるということなのですね。確かに。ですが人間による襲撃を防ぐのだとしても、お父様やお兄様ならあの程度の城壁、あってもなくても同じだと思うのですが……。やっぱりよくわかりませんね」


「──ままー。あのお姉ちゃんお馬さんとお話してるよー。頭に犬と猫とひよこのっけてるし、変なのー」


「ばかっ! 静かにしてなさい! お貴族さまよ!」


 道行く親子にそんなことを言われた。

 馬とお話していたのは確かだが、それ以外はすべて間違っている。

 まずこの国には頭に小動物を乗せて往来を歩いてはいけないという法律はないので、別に変ではない。それにここは町の大通りであり、喧騒もあるため、子供が静かにしなければならない理由はない。また、母親は私に対する我が子の失礼を咎めているが、それは私が貴族だからではなく、誰が相手であれ失礼な行為はしてはいけない、と躾けるべきだ。

 そして最後に、私は生物学上、正確にはお姉ちゃんではない。


「……でも、きれい。わたしも変なことしたらきれいになれるかなー……」


「なるわけないでしょ! あんたアタシとあの宿六の子なのよ! 最大限いいとこ取りで育ったとしても、酒場の看板娘が関の山よ! もう黙ってなさい!」


 平均程度の美しさでは看板にはなれないだろうし、看板になるには平均よりもかなり美人でないといけないだろう。宿六とか言っちゃうくらいだから旦那さんの顔はまあお察しとして、そう考えるとこのお母さん結構自信家だな。

 そう思いながら親子の方に視線を向けると、母親は慌てて子供を抱えて去っていってしまった。ちらりと見えた横顔は、化粧をすれば確かに映えそうではあった。化粧品は箱入り娘(娘とは言っていない)の私から見てもかなり高額なので、酒場の看板娘で元が取れるかわからないが。

 化粧なしなら、素朴な顔立ちが好きという人ならたまらないだろうなというタイプだった。旦那の宿六さんはそういう好みなのだと思われるが、果たして酒場に来る客はそれを求めているのだろうか。この国の娯楽の少なさを考えると、酒場の看板娘はもう少しこう、派手な感じの方が良いと思うのだが。

 あのくらいの顔でも看板になるとなると、この宿場町の酒場はどういう客層なのだろう。ちょっと興味がある。


「よし。酒場に行ってみましょう。サクラ、お願いします。……え? 王子の手がかり? あっはいそうでした。もちろん王子様の手がかりを探るためですよ?」





 酒場についたが、さすがに馬に乗ったまま入ることは出来ない。店の外に馬留があったのでサクラはそこに繋いだ。サクラは賢いので別に繋ぐ必要はなかったかもしれないが、所詮は木製の馬留だ。木材などサクラにとってはウェハースと変わらないし、実質繋いでいないのと同じである。

 サクラに心配極まりないというような目で見られたが、これでももう結婚が出来るくらいの年にはなっているし、うろ覚えながら前世での積み重ねもある。酒場くらいどうということはない。まあ前世の経験は酒場でなくてチェーンの居酒屋だが。


「……ブヒヒン」


「わかってますって。王子様ですよね? ちゃんと聞き込みしてきます」


 なおも疑わしげなサクラの視線を振り切り、私はそのまま酒場に突入した。





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