第22話「性癖は死んでも治らない」





「──という感じで、謎の声は私の抵抗を全てねじ伏せ、操っていたんです」


「へえそうなんですか」


「ちょっと! 真面目に聞いてますの!?」


「真面目に聞いてますよ」


 聞いているだけで、信じているかはまた別だが。

 もちろん、私と妹、それから第一王女(22)を除けば王国で一、二を争う美しさのユリア嬢の話を信じてあげたいのは山々だ。

 しかし内容が内容である。心の闇に付け込まれ、悪魔の誘惑によって身体の自由を奪われ操られたとか、若気の至りを厨二病っぽく言い訳しただけにしか聞こえないのだ。まさに内容が無いようであると言わざるを得ない。上手いこと言ったなこれ。


「ふふふ」


「笑い事じゃありません!」


 そんなふうに怒るユリア嬢とマルグリット王子と三人で時おりお茶会をする、これまで通りの日常が戻ってきた。





 さて、王城に厄介になるようになってからこっち、私は王城から出ていない。

 目的が国王陛下とこっそり接触することなので当たり前といえば当たり前なのだが、ユリア嬢の話によると、なんか私のことは王子の婚約者だとすでに周知されているらしい。

 王都にやってきた当日にしかその姿を見せてはいないのだが、そのときの私の類まれなる美しさ、そして王子と私の仲睦まじい様子から、王都中で密かに噂になっているとかいないとか。


 そうした噂が肥大化し、独り歩きしてしまうのを防ぐためにも、たまには王子と連れ立って王都を歩いてみてはどうか、という話も出ているようだ。王国の行政の方で。

 そうなった場合の経済効果がどうのこうのみたいな書類を財務局で見かけたとユリア嬢が言っていた。いや言っちゃっていいのそれ。


 この日は客室でユリア嬢に新しいドレス(新しいとは言ってない)を受け取りながら、お互いの近況について雑談をしていた。まあお互いのとはいえ、私から話せることなど何もないけど。


「……では、マルグリット殿下をお誘いして王都の散策などに出かけたりしたほうがいいのでしょうか」


「そうですね。ミセリア様からお誘いすればきっと……殿下もさぞ、お喜びになると思います」


 ユリア嬢は以前のような辛そうな顔芸はもうしない。

 しかし言葉を紡ぎながら、どこか恍惚としたような空気は垂れ流している、気がする。


 全然治ってないじゃないかこれ。操られていたとは何だったのか。

 まあよだれとか垂らさないだけマシなのかもしれない。この程度の表情と雰囲気なら、すぐにスンと消すことも出来るだろう。王女が驚くまでのことではない。


「そういえば、王女殿下の容態はいかがでしょう。先日のお茶会では、何やら急に喚き──体調を崩されて、お休みになられたとのことでしたけれど。あ、その頃ユリア様は、ふふ、操られていたんでしたっけ」


「そうですよ! あと、笑い事ではございませんてば! もう! もおー!」


 ユリア嬢はぷりぷり怒ってみせるが、操られていた間の記憶はちゃんと残っているという。

 だからそういうところだぞ、振りなんじゃないかなと思ってしまうのは。

 ともあれ、記憶がしっかり残っているユリア嬢によると、王女殿下はあれ以来、自身の手の者を使ってユリア嬢を密かに探っているらしい。その動きが当のユリア嬢にバレているあたりが王女殿下も可愛らしいが、ユリア嬢も現財務卿の娘である。王城内で自分を探る動きがあれば、そのくらいはすぐにわかる。


「では、そうと知ってかどうかはともかく、王女殿下はユリア様を操っていた何者かを探っているおつもり、ということでしょうか」


「おそらくは……。ただ、ミセリア様に抱きとめられて以降、あの操られるような感覚はありませんし、妙な声も聞こえてきません。わたくしをいくら探ったところで、辿り着けなどしないでしょう」


 もし辿り着けるのならとっくの昔に自分でやっている、とでも言いたげな様子だ。


 本当にユリア嬢が操られていたかどうかはともかくとして、もし本当だった場合、ユリア嬢がその軛から解放されたタイミングを考えると、彼女の口から吐き出され空へと逃げていったあの黒いもやこそがきっと彼女を操っていた意思だったのだろう。


 あれがどこに行ったのかはわからない。

 そもそもただの靄であったし、探すのは不可能だろう。まさに雲をつかむような話だ。これはうまいことを言った感がある。


「……何ををしておりますの? もしかして、まだわたくしが操られていたことを疑っているんですの?」


「え? いえ。そこはもうそんなには。今のは単に、我ながらよくやったなと思っていただけです」


「よくやった……? あ、わたくしを抱きとめてくださったことですか? その節は、その、ありがとうございました……」


「当然のことをしたまでです。お気になさらないでください」


 このやり取りももう何度目かわからない。

 面倒なので「今のはそのことについて我ながらよくやったなと思ったわけではないよ」と言ってもいいのだが、じゃあ何なのと聞かれても説明するのが恥ずかしいので言わない。


「ではとりあえず、今日は殿下をお誘いして王都へ繰り出してみるとしましょう。ユリア様も同行されますか?」


「ぐ、そうしたい、のは山々ですが……! それでは意味がありませんでしょう。私はこの部屋で留守番しておきます……」


 ユリア嬢は血を吐くような声でそう答えた。

 いやなんでこの部屋で待つんだ。家に帰ればいいのに。


「あ、この部屋で留守番をしてくださるのでしたら、ペットの世話をお願いできますか? みんな賢いので迷惑はかけないと思いますが……」


「……どちらかというと、賢いからこそ周りに迷惑をかけるタイプのペットだと思いますが……。わかりました。ミセリア様のお願いとあらば。

 さあ、こちらにいらっしゃい。ビアンカちゃん、ネラちゃん、ボンジリちゃん」


 ユリアの呼びかけに、遊んでもらえることを察した白犬、黒猫、そしてヒヨコが駆け寄っていく。


 ボンジリとは、あのヒヨコの名前だ。

 ユリア嬢の窮地を救ったご褒美にと名前を付けてあげることにしたのである。

 性別がわからないので、雌雄に偏った名前でないほうがいい。鶏ということでカシワが妥当かなとも思ったのだが、以前に王子の馬にサクラと名付けた際に彼が辛そうな顔をしていたことから、これも避けた。

 悩みに悩み抜いた結果、私は前世で好きだった鶏に関連した名前をそのままつけることにしたのだ。

 肩ロースと同レベルかなとも思ったが、この世界で焼き鳥の部位について詳しく聞いたことはない。それなら誰もわからないだろうし、これでいいかと決めてしまった。


「じゃあ早速殿下のお部屋に行ってきますね。ビアンカ、ネラ、ボンジリ。ユリアお姉ちゃんの言うことをよく聞いてお利口さんにしているのですよ」


「おねっ……!」


「では行ってまいります」





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