第3話「悲劇の王子、マルグリット・インテリオラ」





「マルグリット。お前もそろそろ成人だ。……実は、縁談を用意している。お前は第一王子として──嫁を取れ」


「……はあ?」


 国王である父に突然そんな事を言われ、私は頭が真っ白になった。

 当然だ。私が嫁を取るだなんて、そんな事、出来るはずがない。

 父は頭がおかしくなったのだろうか。


 なぜなら私は──本当は男ではないのだから。


 そう、インテリオラ王家には、男児がいない。

 第一王子として育てられた私は、実際には男ではない。

 男装をしただけの女だ。

 もし男装をしていなければ、第三王女と呼ばれていたであろう立場である。


 私が生まれた時、すでに上には二人の姉がいた。王妃がひとりしかいない事を考えると多産な方だが、産まれた子は全員が女だった。

 たまたま南の隣国メリディエス王国との緊張が高まっていたこともあり、王家には強いリーダーシップと、明るい未来を象徴する指導者が必要だったという。

 分かりやすく言えば、それは次代を担う男児のことだ。

 もしメリディエスと戦端が開かれてしまったとしても、国王が強いリーダーシップとやらを発揮し敵に対抗すれば、インテリオラの国土が荒らされる心配はない。

 もし万が一、そこで国王に何かがあったとしても、次代を担う後継者がいるのなら安心だ。

 そういう理屈らしい。


 そんな折に、ちょうど誂えたかのように、ひとりの男児が産まれた。


 ただ問題は、その子が本当は男児では無かったということだ。


 それが私、第一王子にして第三王女、マルグリットだった。


 後から乳母に聞いた話だが、揉めていたメリディエス王国とひとまずの和解が成立した後、両親はすぐに再度の子作りに励んだらしい。その甲斐あってか、無事懐妊したのだとか。

 ここで男が産まれていればいずれは先に産まれていた私と立場を交換し、私は王女に戻れていただろう。


 しかし一年後、産まれたのはまた女。私の妹だった。


 情勢が安定し王国に平和が訪れた後は、王家に男児がいようがいまいがあまり関係がなくなってしまった。

 そうなると問題になるのは、男児が産まれたと王家が嘘をついた事実そのものだ。

 結果、国民の不安を払拭するために王家がついた嘘は、それを嘘だと公表することも出来ず、ただ私の心と身体を蝕むだけの呪いとなってしまった。


 国民のためとは言え、娘の性別を歪めてこの歳まで育ててしまったことに、父も母も心を痛めているようだった。

 しかしいくら心を痛めてもらったところで私の呪いが解けるわけではない。


 そこへ来て、急に「嫁を取れ」である。

 心を痛めすぎて病んでしまったのではと心配になるのも当然だろう。

 病みたいのは私の方だというのに。


「……何を言っているのですか、父上。私が嫁を取れるはずがないことなど、父上が一番良くご存知のはずだ」


 インテリオラ王国では成人年齢は18歳と決められているが、その3年ほど前から社交界に出ることが認められている。15歳になった私も最近社交界にデビューしたばかりだ。

 まだ大きなパーティには数度しか出ていないが、たったそれだけでも無数の縁談が舞い込んで来ている。もちろん第一王子である私に直接話が来ることはないが、世話役からそのような仄めかしはされているし、実際にパーティではたくさんの令嬢たちに声をかけられた。


 王家と言えば、当然ながら国で最も権威のある家柄である。

 その王家に縁を繋ごうと、躍起にならない貴族はいない。

 するとそこには競争が生まれ、競争は淘汰を促し、淘汰によって人は洗練されてゆく。

 王家の配偶者に選ばれたい、という目的のためだけに洗練されていけば、勝ち残るのは国で最も美しい、あるいは最も優秀な人間だけだ。

 そうした人間を娶り、世代の数だけそれを重ねていけば、それだけ優秀な血が王家に蓄積されていくことになる。少なくとも、外見上だけは。


 そう、つまり──王族である私は美しいのだ。少なくとも、この国では並ぶ者はいないほど。

 その美しい私が男装をし、上辺だけでも笑顔を振りまいているのだから、パーティに出た令嬢たちが殺到するのも当然のこと。しかも王家というブランドもある。


 ただし、それで私が嬉しいかというと、決してそんなことはなかった。

 なぜなら、パーティで私に寄ってきた令嬢たちよりも、私自身の方が遥かに美しかったからだ。同性であり、かつ私のほうが美しいならば、彼女たちと話をするより自室で鏡を眺めていたほうが有意義である。


 パーティに出席したのも、王家唯一の男児としての存在感を示すためだけのもの。どうせ結婚などするつもりはないし、出来るはずもない。

 だというのに、令嬢たちは大金を使って自らを飾り立て、私の心を射止めんと群れを成して迫ってくる。


 たった数度のパーティに出ただけで、正直私はうんざりしていた。


「結婚というのは、ただの制度上の契約に過ぎない。出来るか出来ないかではなく、するかしないかだ。

 婚姻を結ぶだけならば誰にでも出来る。相手さえいればな。そしてお前の相手はすでに用意してある」


 確かにそうかもしれない。法的には。

 それが誰であれ、両者の合意があって、その上で届け出さえすれば、結婚は出来る。女神教による祝福だとか他にも色々あるにはあるが、法律的には関係がない。必要なのは当人と届けだけだ。


 しかしだからと言って本当に誰でも何でもいいわけではない。少なくとも王族や貴族が結婚するならば、次代を担う後継者を作る必要がある。

 私ではそれは出来ない。

 そして私は、この国で最も後継者を作らねばならない立場である。

 実際のところは子ができなかったことにして姉や妹の子を養子に迎えることになるのだろうが、そもそも子作りのための行為さえ不可能だ。物理的に無理だし、私だって同性とそんなことはしたくない。


 子ができないとなれば、私だけでなく結婚相手にも非難が向かうことになるだろう。周りや実家にそのことについて責められるのに、そのための行為さえしていない、という状況になる。

 私の嫁になるとはそういうことだ。

 誰かも知らない相手とはいえ、同じ女としてそんな苦行を誰かに背負わせたいとは思わない。


「……ふざけないでください。無理でしょう、そんなことは。私が結婚できないことなど、男児として発表したときからわかっていたはずだ。私は一生、結婚などせず独りで生きていきます。そのための覚悟はとうにできております。

 世継ぎについても、姉上の誰かの子を養子に迎えればいいことでしょう」


 まあ、今はまだ姉たちも誰も結婚していないが。

 しかし王族は全員私の状況は知っているので、覚悟くらいはしているはずだ。私よりもよほど責任感の強い人たちであるし。


 私がそう言うと、父は少しだけ悲しげな顔をした。

 だから、悲しみたいのは父ではなく私のほうである、と言いたい。


「……信じてもらえないかもしれないが。

 私はお前のために言っているのだ、マルグリット。嫁を取れ。悪いようにはしない」


 嘘ばかりだ。白々しい。

 どうせ私が産まれたときと同じで、きっと民を安心させるためだ。

 結婚すらしていない王子より、結婚したが残念ながら子供ができない王子のほうがいくらかマシだというだけだろう。


「……それが命令だというのなら、従います。陛下」


 だから私はそう答えた。

 実際のところ、それが誰のためであるかなどどうでもいい。

 どうせ私に選択肢などないのだから。


「……わかった。今はそれでもいい。いつかきっと、お前にもわかる日が来るだろう」


 そんな日は来ない。


 しかし愚かな王家の生贄にされることが決まった哀れな令嬢には何の責任もない。

 私に命令を下すくらいだし、そちらのほうにもすでに通達は行っているだろう。

 今はインテリオラ王国で一番美しい私に嫁げるということで喜んでいるかもしれないが、すぐに絶望するはずだ。

 何も悪くないのにそんな苦行を負わされる令嬢には、できる限り優しくしてやろうと思った。


 いずれにしても、これは王命だ。

 私も、そしてその令嬢も、この婚姻からは逃れることはできない。

 それならせめて私のほうから歩み寄り、誠意を見せてやるべきだろう。


「では父上。そのお相手には迷惑をかけることになると思いますし、一度私のほうからご挨拶に伺おうと思います。どこの家の何と言うご令嬢なのですか?」


「ああ、そうだな。相手は私でさえ気を使わねばならないほど重要な家だ。こちらから挨拶をするのがいいだろうな。

 では頼む。ちょっとした旅になるだろうが、息抜きがてら行ってきてくれ。行って、直接相手に会えば、おそらくは私の言いたかったことがわかるだろう。

 場所は北の辺境、相手はマルゴー辺境伯家の長女、ミセリア嬢だ」


 北の辺境。

 それはこの王国で、いやこの大陸全体で、人類が生きられる領域の果てを意味している。

 マルゴー家は人類全体の防波堤として、このインテリオラ王国の北で代々領地を守ってくれている。

 私の縁談とは、そんな重要な家の令嬢だったのか。

 そんな家の令嬢に、明らかに苦労することがわかりきっている貧乏くじを押し付けてしまって大丈夫なのだろうか。


 いや、これはすでに決まっていることなのだ。

 大丈夫でなさそうならば、私がフォローしてやるしかない。

 同性だし、普通の男なら気を回せないようなことでも私なら気遣ってやることができるかもしれない。

 たとえ、その代わりに普通の男にならできることをしてやれないのだとしても。


「……わかりました。では行ってまいります。父上、先触れの手配をお願いします」






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