Scene26

 今までに聞いた事のないような大きな獣の鳴き声が、葵と恭一の耳を突いた。

「な、なに!?」

 葵がビクッとして振り返る。負のエネルギーの流れも止まってしまった。

「止めるな! 葵、あいつは俺が何とかする!」

 恭一が、葵と繋いでいた手をほどいて、走り出していた。その先には、今までよりもはるかに大きな一匹の怪物がそこにはいた。

 それは鮮やかな黄色い風船のようで、大きな目と口があり、鼻の代わりに一本の長いつのが生えていた。

 あれ? どこか見たような…… 葵の脳裏に、そんな思いがよぎる。

 そんな平和そうな見た目とは裏腹に、その風船は葵たちにいきなり敵意全開だった。

 それまではつるっと丸いフォルムだったのに。次の瞬間、にょきにょきと二本の腕のようなようなものが生えてきた。

 そして片方の手の先からは竜巻が、もう片方の手からは稲妻が発生し、葵と恭一に襲い掛かった。

「ギャーーーーー!!!!!」

 もうさすがにこの先驚くことはないだろうというほど、今日一日で様々なことを経験してきた葵ですら、その二つが自分めがけて一直線に降り注いでくる光景を目にしたら、心の底から絶叫せずにはいられなかった。

「アアアアーーーー!!!!!!!」

 何秒経とうとも、余裕を失った野太い悲鳴が止まろうとしない。

 しかし、それらの攻撃が、葵に当たることはなかった。恭一が再び生み出した龍が、即座にその風船の腕の上から巻きつき、それらの軌道を変えてくれたからだ。

 恭一は間髪入れず何発もの巨大なミサイルを具現化し、寸断なくお見舞いした。

 爆炎とともに、モクモクと煙が上がる。

 葵は恭一に駆け寄った。

「倒したの?」

「いや、わからん」

 恭一は、煙の向こうが少しでも見えないかと目をこらした。

「あれは一体何?」

「おそらく、天国の解体スピードが上がったせいで、焦った負のエネルギーが強い怪物一体に集中したんだろう」

 そういえば、もう他の怪物は辺りに見当たらなかった。

「何か、あれ私見たことある気がするんだけど」

「ああ、あれか。あれは俺も見たことがある。能力者なら一度は見たことがあると言われる風船オバケだな。まさか今あれにお目にかかるとは思わなかった」

「え、みんな見たことあるやつなの?」

 そういえば、葵も幼いときに見た記憶がある。

「で、あれは何なの?」

 あらためて、葵が恭一に尋ねる。

「分からん」

 恭一がきっぱりとそう言う。

「分からんって、あんた達ってこの道のプロなんでしょ?」

「だから、負のエネルギーは本当にまだまだわかってないことばっかなんだって。どれだけ変なことが起こっても、そういうことがあるのかと書き留めるくらいしかできない。理由なんてわからない。ただみんながあれを見たことあると言ってるから、おそらく負のエネルギーの化身そのものなんじゃないかという説はある」

「じゃ、あれがラスボスってことね」

「とりあえず、あいつは俺がお相手するから、葵ちゃんは作業を続けてくれ。幸いなことに、さっきやっと一人でも能力を使えるようになったんだから」

「恭一の方は、もう一人で能力を使えるの?」

 それができなくなったせいで、葵と恭一は手を繋いでいたはずだ。

「ああ、そういえばそうだな」

 恭一は自分の両手をじろじろと眺めた。

「葵を護りたくて身体が勝手に動いてたけど、確かに不思議だ。それに、いつもより操れる負のエネルギーが増えてた気がする」

 そんな、私を護りたかった、なんて。だなんて、そんな…… オホホホホ…… 葵の心の中で、高笑いと動揺が止まらない。

「よし、まあそういうことで、俺の方はどうにかなりそうだ」

「でも恭一、一人であんなの相手にして大丈夫なの? あれもう天災だよ」

「まあ、例によってここの解体が進めば弱体化するだろ」

 恭一はそう言って、再び走り去っていった。煙の向こうから無傷の風船オバケが姿を現したからだ。

 さ、私も頑張らないと。葵は、今度は両方の掌を目の前にかざした。しかし、さっきみたいにうまくいかない。あれ、私さっきどうやってたんだっけ?

 一方の恭一も、さっそくピンチに陥っていた。龍の背に乗って、手から大きな火球を放って攻撃していたが、風船オバケの口から吹き出される突風にもろとも吹き飛ばされた。

「恭一!」

 葵がそう叫んだが、しかし、当の葵のいる方に、恭一は飛んできた。

「きゃあ!」

 しかし、恭一は葵にぶち当たる直前で、人をダメにする系のクッションをいくつも出現させて、葵のちょうど手前に自分を着地させた。

「ちょっと恭一!」

 クッションをかき分けて、葵が恭一に駆け寄る。恭一はクッションにめりこみながらも、

「ああ…… なんとか大丈夫そうだ。ごめんな、心配かけて」

「ねえ、そんなことより、私さっきみたいにできないんだけど!」

「そんなことよりて!」

 恭一が、明らかにショックを受ける。

「恭一、さっきまで使えなかった能力今使えてるよね。私の能力奪ってない?」

「へ?」

 恭一は再び自分の両手を見つめる。

「いや、いやいやいや、それはない! 人類がこの能力を使い始めてもう数千年経つが、能力の譲渡は確認されたことはない! だからそれはないはずだ。君が使えないのは別の理由だ」

 そう言って恭一が立ち上がった。そして葵の両手をまたぎゅっと握った。

「うん、ある」

 恭一は葵の目をしっかり見てそう言った。

「君の中に能力はしっかり残ってるよ。あとは君が自分を信じるだけだ」

 恭一は葵の頭を優しくポンポンと叩いた。そして颯爽と走り去る。

 ホ~~~ホホ~~~!!!

 葵は心の興奮そのままに、今度こそは能力を発動させることができた。順調に、負のエネルギーが地上に還っていく。

 恭一も戦闘を再開した。


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