第5話 ベナン地方へ

 さて、新婚旅行を行うと決めたはいいが、記念すべき最初の〝聖地巡礼〟はどこにすべきだろうか。


 フィーナに尋ねると、にこやかに、

「レナスの好きなところで」

としか言わない。


 元々、主体性に乏しいところがある上、俺にベタ惚れなので俺の意思を尊重する癖があるのだ。


 なのでここは自分で決めてしまったほうがいいだろう。


 そう思った俺は、地図を取り出す。


 古めかしい地図だ。当然か、一〇〇年前のものだから。当時ですら滅亡した国がいくつか記載されている。しかし、国はなくなっても大陸の形が変わることはない。名所旧跡も同じであろう。


 そう思った俺はそれを木に張ると、ベリーの木の実を用意する。


 それをダーツ代わりに投げると、べちゃっと地図に付着する。


 ベリーの実が示したのは、イシュタル王国のベナン地方であった。


「お、ベナンか、超懐かしいな」


「はい」


「俺とフィーナが初めて会った場所だな」


「はい。ベナンの暁の森から家出をしたわたしを保護してくれたのがレナス」


「ああ、お上りさんのように街をきょろきょろ見つめていたな」


「はい。森しか知らなかったもので、石畳が珍しかったのです」


「ていうか、新婚旅行としてこの上ない場所だな」


「はい。わたしもそう思います」


 両者まったく異存なし、ということで俺たちはベナン地方に向かう。


「あ、そういえばここはどこなんだ?」


「ここはフォルタナ連邦のローガリア地方です」


「フォルタナ連邦? 聞いたことがない名前だ」


「レナスが冷凍されている間に、かつて諸王同盟を形成した王国がひとつにまとまったのです。今はかつての国王、貴族、大商人、そして七勇者の子孫が評議会を結成し、統治しています」


「へー、あいつら、大出世だな」


「はい。魔王を倒したものたちですから、世間では一目も二目も置かれ、尊敬の念を集めています」


「善き善き。あいつらは苦労したんだ。それくらい役得があってもいい」


「今では五名家と呼ばれています」


「ふむふむ――ってあれ? 俺とフィーナは別カウントなのは分かるが、マードックも子供を残しているのか?」


「いえ、彼も子を成していません。他にも生涯未婚の勇者がいます」


「ではなんで五名家なんだ?」


「おひとりで複数の家を分家したものがいるからです。騎士のレガース様は西エルヴァンス家と東エルヴァンス家を創設されました」


「エリート様はお盛んだなあ」


 生真面目な騎士エルヴァンスを思い出す。貧乏貴族の俺とエリート貴族のレガース、正直、気が合わず、喧嘩したことは一度や二度ではない。――フィーナに惚れていたところもむかつく。


「女戦士のセリス様はブランディア家を創設しました」


「あのおてんばがねえ、貴族みたいな姓まで貰って」


「諸王同盟のデュラム様から直々に賜ったそうです」


「へえ」


「それと盗賊のアーク様がゼルガノン家を、それと司祭のユークス様も家を残しています」


「まてまて、アークはともかく、ユークスは坊主だろう? 女犯禁止はどうした? あいつはガッチガチの童貞で宗旨替えするとも思えない」


「ユークス様は生涯不犯です。しかし、その名声と実力を惜しんだ彼の弟子たちが、聖ユークス家を創設しました。死後のことです」


「ふむ」


「彼の教えを忠実に守っている弟子の中から一番優秀なものを当主にしています」


「なるほど、代々、童貞を煮詰めたやつに受け継がせているのか」


「…………」


 妻の言葉が少なくなってきたので、汚い言葉は控える。


「おおむね、状況は分かった。いつか仲間の子孫に会う機会もあるだろうが、それは今じゃない。まずはベナン地方に聖地巡礼だ」


「はい。そうですね」


 フィーナは同意すると、まずは街道を目指そうと提案してきた。


 もちろんだ。


 ロック鳥でも召喚すればあっという間だろうが、こういうのは歩いて行くのがいいのだ。


 今回は急ぐ旅ではない。


 宿場町を全部制覇し、勝手にスタンプラリーをしたっていいくらいであった。


 というわけで出来るだけゆっくり、だらりと最初の一歩を踏み出した。

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