ⅵ.神様が遺したもの


 一見すれば狼に似たシルエット。しかし、を弾いて輝く毛皮は重力をものともせず逆立って、いかにも硬そうだ。――などと、ゆっくり観察している暇はなかった。

 ガルルッと喉からうなり声を押し出し、巨大な獣が跳躍する。その着地点がフィーの頭上であると咄嗟とっさに判断し、狼と猫が同時に動く。


 エメロディオがフィーの背に突進し、前脚と頭を押し当ててぐいぐいと少女を押した。リレイは天狼の姿になって、頭上から降ってきた獣と少女の間に割り込む。

 その巨体からは信じられないほどの身軽さで着地と同時に地を蹴った魔獣が、邪魔な狼を排除せんと飛び掛かってきた。実を言えば天狼の近接戦闘能力は皆無なのだが、生身ではないこの体は『水魔力』以外に弱点を持たないので怖くはない、はず。


「風魔の盾!」


 短い詠唱で防護魔法を展開した瞬間、風魔力の障壁シールドに魔獣が体当たりして跳ね返った。怪我を負った様子はないが、何もない場所に壁があって驚いたのだろう。魔獣は唸りながらも警戒するように後退あとずさり、前傾の姿勢で右へ左へと歩き回る。

 全身を覆う被毛は針のような硬毛。色は流氷を思わせるアイスブルー。瑠璃るり色の目は存外に理知的で、鼻にしわを寄せ牙をきだす顔は間違いなく猛獣だが、狼とも違う。サファイアを思わせる青い爪はネコ科を思わせる鋭さがあり、毛を逆立てたふさふさの尾はイヌ科っぽい。その巨大さ、美しさに、リレイは見覚えがあった。


「氷獄の番犬……?」


 かつて神様が人に与えた契約魔獣の一種であり、空を飛べる巨大獣『星鯨』に次いで戦闘能力が高かったはずだ。大崩壊で主人を失ったのか、檻が壊れて飼育者から逃げたのか、いずれにしても。

 生前の記憶が正しければ、この魔獣は人を食べたりしない。今のリレイと同じく肉体を構成しているのは魔力であり、水も食事も必要ないのだ。

 と同時に残念な事実も思い出して、リレイは不本意ながら前身を低くして威嚇いかくの構えをとる。魔獣の全身が青白い燐光に包まれ、寂れた空気が魔力で波うつのを感じたからだ。


 ガルルッ、と声をあげ太い前足で石畳を打ち据えた魔獣から、燐光がほとばしり、氷の槍を形成してはやぶさのように飛来する。障壁に突き刺り速度を鈍らせたのは一瞬で、風魔力の壁は氷雪の暴力の前にあえなく霧散した。

 風をまとわせ直撃は防いだものの、不利を悟った狼は歯噛みしつつ打開策を考える。


 を冠する名の通り、この魔獣が得意とするのは氷の魔法だ。水の上位互換と位置づけられる『氷魔力』も同じく、リレイにとっては弱点なのだった。




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