ⅳ.狼くんは探したくない


 瓦礫がれきが積みあがっているだけだとしても、大崩壊前の建築物が残っているのは珍しい。

 早速あたりを探しはじめたフィーからは目を離さず、リレイは黒猫のエメロディオに小声で物申す。


「どういうつもりなのさ。エメだって、フィーがこれ以上あのクマに入れ込むのは面白くないんじゃないの」

「エメはフィーのお願いが最優先にゃ。ごーいんぐマイワールドにゃ狼と一緒にされてんにゃにゃ! リィもねじまき探すにゃーッ」

「うん、いいよ。僕が一番に見つけて、奈落ならくの底にでも落としてやる」

「フギャッ!? そんにゃ横暴エメが許さにゃぅニャウフシャーッ!」


 見知らぬ者が見れば、仲良くじゃれているようにも見えなくはない。実際に、相性は悪くないだろう。日がな取っ組みあっているわりに、フィーの『お願い』のためなら共闘だってできる間柄なのだ。

 ひとしきりどつきあって鬱憤うっぷんをはらしてから、リレイとエメロディオもフィーから離れすぎないように気をつけつつ、あたりをさぐりはじめる。意見が合わない狼と猫が唯一合意できたのは、日没までというタイムリミットだった。


 既にこの世の存在ではないリレイと、太陽光ソーラーで蓄電し動くエメロディオは、水や食事を必要としない。しかし、フィーは人間だ。

 携帯食や水筒などという便利なものは、世界の崩壊と一緒に消え失せた。三にんが持っているのは皮の袋に詰めたわずかな飲料水と、荒麦をいて固めて焼いた甘くない菓子ひとかけらのみ。


 そもそも瓦礫の山からねじまき一つを探すなど現実的ではない。提案したエメロディオも、内蔵の情報貯蔵庫ライブラリディスクから情報を引っ張りだしただけである。

 こんな街ともいえない得体のしれぬ場所に、フィーの所有物であるクマの部品が落ちているとは思えないが、代用品が見つかるということなのだろうか。ざっと眺めやって、その途方もなさに眩暈めまいを覚えた。

 気乗りがしない上に、終わりも見えない。それでも、片手にクマのぬいぐるみを抱えたまま瓦礫の隙間へ入り込もうとするフィーを放っておくわけにはいかない。


「ここから本気で探せるつもりなの? キミの身体に探知機とか搭載してないわけ?」

「なーにゃ」

「冗談だよね。こんな広い街からねじまき一つ、どうやって見つけるんだよ」

「根性にゃ!」


 機械ぐるみのくせに脳筋っぽい台詞を言い残し、黒猫は無造作に重なる煉瓦れんがの奥に潜り込んでいった。

 根性で探し物が見つかるなら苦労はしない。リレイはため息をつき、翼を広げる。小さな物を探すのに俯瞰ふかんは不効率だが、せめてアタリくらいは付けたいのである。


「エメ、フィーが危険な目に遭わないようしっかり護衛してなよ。僕はちょっと上空から、探してみるから」

「ニャッ!? サボる気にゃら許さにゃいニャウッ!」

「すぐ戻ってくるよー」


 尻尾をピンと立て猫パンチを繰りだすエメロディオを白翼を羽ばたかせかわしてから、リレイは空へと浮かびあがった。白に侵食された瓦礫の街が遠ざかり、まるでジオラマを見ているかのように現実感も薄れてゆく。

 いや、改めて見ればここは街ではなかった。民家のようなものはなく、崩れた建物はみな一様に巨大で仰々ぎょうぎょうしい。元は美しかっただろう色煉瓦もすっかりせて、風化している。


 あちこちに壊れて転がる、遊具の残骸。ざっと見回した限り生き物の気配はないが、ここが普段は陽炎に隠されていて立ち入れないというのも、気味の悪い話だ。

 つぎはぎのように色を失って横たわる、大きなぬいぐるみ――ではなく道化人形を見つけて、確信する。


 ――これは、もしかしなくても。


「遊園地、ってやつだよね」


 呟いた言葉は風にさらわれ、舞う砂礫されきにまぎれて散っていった。




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