愛木の問い

 私はまずヒカルさんにコンタクトを取った。彼女に聞いたことは「ヒカルさんと美波さんは、入れ替わっていたことがあるのね。いつからなの? あの文章の書き方だとおそらく以前から、最近ではなく、もっと前から何でしょ?」


「そうだけど。それは」


「わかるわ。あなたの家族を守りたい気持ちは、私にもそんな経験があるから。それでも、教えて欲しいのよ。誰が気付けたか。渡部くんと片桐くん以外にもいたんじゃない?」


 ヒカルさんはしばらく逡巡として答えた。その名前を聞いたことで私の思考は大きく広がった。



 渡部くんにもいくつか質問をした。質問の内容は少々デリケートな話ではある。軽薄であるとの評判があった渡部くんではあるが、過去にお付き合いをしたことがある女性の名前を明かそうとはしなかった。おそらく渡部くんはとても義理堅い人物なのだろう。そして、優柔不断な一面もある。


「渡部くんの怪我はどう考えても殴られたものではないでしょ。殴られて後頭部から出血なんてことは、現実的ではないと私は思うの。鈍器で殴られたならまだわかるのだけど、片桐くんは殴ったと供述していた。ねぇ本当のこと教えてよ」


「以前に話した通りだよ。俺は何も知らないんだ。突然、殴られた。それだけしかわからない」


「やっぱり、片桐くんの話に合わせたんだね」


「それも少し違う。誰かに殴られて蹲っていると片桐が部室に入ってきたんだ。それでただの喧嘩だと説明をしたんだ。それでいつの間にか、どういうわけか俺と片桐が喧嘩したことになっていたんだ。ごめん」



  私は片桐くんの連絡先を聞いて、夜の9時くらいに電話した。聞きたいことは「どうして喧嘩をしたと嘘をついたの?」


「嘘をついて何の得があるんですか? 喧嘩をして怪我をさせたなんて嘘をつくメリットがわかりません」


「あなたが書いてくれた反省文は、嘘、もしくは意図的に真実が隠されている。美波さんとヒカルさんは、頻繁に入れ替わっていたそうよ。あなたはそのことに気づいていことは美波さんから聞き出せた。それなのにあなたは、渡部くんと美波さんがキスをしている光景を目の当たりにして嫉妬をしたと。まあ、事実なんでしょう。けど、あなたはすぐに気づいたんでしょ。そして、庇うことにした」


「庇うって何? なんのこと」


「別に良いわ。私が確認したいことは、あなたが美波さんを好きと言う話よ。誰かにアドバイスをもらったんじゃないかなって。この質問くらいなら答えられるでしょ」


「うん。それなら」


 片桐くんの口から出た言葉に私は確信を強めた。



 美波さんには確認事項をした。「事件があった日に普段とは違う時間に部室に向かったこのことに間違いはない?」


「間違いないよ。大事な話があるから教室で待ってて、メールがあったから、待ってたから」


「その子の名前は?」


「森ノ宮さんだよ。中学からの親友でヒカルとも仲がいいの」



 森ノ宮がバンドメンバー個々の反省文を読み終えると、愛木はゆったりとした口調で話し始めた。


「森ノ宮さん。あなたはまず美波さんを教室に呼び止めておいた。その後にウィッグを被って、部室にいた渡部くんを鈍器で殴ったのね。あなたとしては、部室から走り去っていく後ろ姿をヒカルに見せたかったのでしょう。ヒカルさんは美波さんを庇うことを想定してね。だけど実際は部活を休んでいた片桐くんに見られることになる。運良く、片桐くんは美波さんがやったと思って、自身が喧嘩をしたと公言した」


「愛木さん。ちょっと待ってよ。美波さんが書いてくれた文章には、片桐くんは入れ替わっていることに気づいたそうじゃない。それなら私が変装していたなら一目見てわかるんじゃないの?」


「さすがの片桐くんでも走り去っていく後ろ姿を見ても気づけなかったのよ。片桐くんが部室に入ると、渡部くんは喧嘩をしたと話した。それで勘違いしたのよ。美波さんと片桐くんが喧嘩をしたと、喧嘩するような理由に心当たりがあった片桐くんは美波さんを庇うことにした。ただしここで矛盾が生じることになる。鈍器で殴ったからこその後頭部に出血があったのに、殴ったと話してしまった」


「でもどうして片桐くんはそこまでする必要があるの?」


「ここまで大事になるとは思ってはいなかったんでしょ」


「何それ? そんなでいいの」


「いいのよ。私は真相を推測するのが好きなだけだから、細かいことはどうでもいいの。片桐くんは美波さんと仲がいい森ノ宮さん、あなたに相談していたんでしょ。美波さんは大人しいから、積極的にいくべきとか、片桐くんが自尊心を尊重するようなこともたくさん言ってその気にさせた。背中を押したのはあなたね。ヒカルさんも美波さんの仕業ではないかと思ったんでしょうね。動機も十分あったし想像することも簡単だった。そして渡部くんとは過去にお付き合いをしていたんでしょ。彼の口から聞けなかったけど、かつての同級生から聞き出せたわ。部外者のようで、あなたは誰よりも今回の件に誰よりも複雑に絡んでいる。もし、全てがあなたの思惑通りなら、大したものだわ」

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