「どうしてか……話さないといけないか?」

 

 愛木はやや冷ややかな視線を送る。


「当然でしょ。どうして君が写真を撮ったのか。運転手と何があったのか。どうして君でなくてはいけなかったのか。行動に結びついた感情によっては、君は悪人にも、善人になると思うんだけど、どう思う?」


「質問を質問で返さないでくれよ」


「そうね。失礼したわ」

 

 悪びれる様子もなく愛木は言った。


「僕が今回の事件に関与した理由は、姉さんだよ。この高校の卒業生だった姉さんは、盗撮魔がいることを在学中から気づいていたんだ。それで姉さんは色々と動いていたようだけそど、犯人は最後までわからなかった。僕はその意思を引き継いだに過ぎない」


「それは……本当なの?だとしたら君は、シスコンね」


「そうかもね。姉さんの親友が盗撮に悩んでノイローゼになったことがあったんだ。結局その子は、社会に出た後に自ら死を選ぶことになった。そのことを知った僕はなんとかして盗撮魔を止めたかった。それだけだ」


 姉さんの親友は苦しい高校生活を終えた後に、社会の荒波に耐えることができなかった。もし順風満帆な高校生活を過ごして、他人に対して異常な拒否を見せる性格が形成されなかったら。誰かに弱みを見せることができらなら、彼女は死を選ぶことはなかったのではないか。僕は姉さんの意思を継いだ。この事件の犯人が自分のしたことの重大さには一切気付いていない。せめて被害者が再び現れないような環境であるべきだ。


「そう言うことだったの。ごめんなさい」と愛木は頭を下げた。


「どうしたの? 当然謝られると困るよ」


「私は君を疑ってたの。あの運転手を脅迫して、お金を受け取っていたとずっと思ってた。それが上手くいかなくなったから、今回のように密告をしたとばかり。だからごめんなさい。君にそんな理由があったなんて私にはまるで思いつかなかった」


 なんだ。最初から疑っていてのか。まあ怪しいよな。


「いいって、誤解が解けたなら。それで十分だから、やめてくれ」


「そんなわけにはいかないよ」


 その後の彼女は非常にしつこかった。この粘着質が、事件をかき回して、僕にたどり着かせたと思うと、それは彼女の良さであり、欠点でもあるのではないかと思った。


 話が一通り終えた頃に僕と愛木は一緒に帰った。愛木は電車通学のようで、僕は自転車を押して帰った。二人乗りを提案したが断られるので致し方ない。一人で帰るのはナンセンスだ。女子を一人で帰らせるなんて、男としての立つ瀬がないではないか。


 愛木を無事に駅まで送り終えてから、僕はサドルに跨りペダルを漕ぐ。なんでもない1日であったが、女子と二人で下校できるなんて最高の1日だ。そう思えるからこそ、僕は愛木に対して悪いことをした。いずれはバレるかもしれないが、その時はその時だ。彼女の聡明な頭脳は確実に事実に近づいていた。だが、僕の嘘を信じてしまったのは重大なミスだろう。その純朴さは、弱点となるかもしれない。僕に姉なんていないのだから。彼女の推察は概ね正解であった。



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