She drinks The Water.

山切はと

惹起:彼女と私

 出先のPCゲームショップで、ひっそりと売られていた新作ゲームを買った。

『彼女にあなたのアイを注いでください。彼女はそれを吸収し、あなただけの彼女に成長します』

 そんな怪しいキャッチコピーと、可愛らしい少女のイラストだけに彩られたパッケージ。低価格帯で新発売コーナーに陳列されているにもかかわらず、あまり売れている様子のないそのゲームは、なぜか私の心の陰になった部分に、こつりと音を立てて響いた。

 私はさして迷うことなくそれを手に取ると、手早く会計を済ませてそのまま家路についた。暗くなり始めた道で手提げ袋を見遣って、これがちょっとした退屈しのぎになればいいなと、そんなことを思った。

 家。自室。私の城。

 説明書に従い、さっそくそのゲーム――『The Water』のインストールを行う。

 このゲームは、入力デバイスとしてキーボードおよびマイクに対応しているらしい。どうやら、作中のキャラクターとコミュニケーションをとることが主体となっているソフトのようだ。その主旨を示すかのように、ジャンル名は『コミュニケーションツール』となっている。あくまでゲームではない、というのがこの作品のスタンスのようだ。まあ、こういうゲームは時々ある。

 インストールに難しいところはなく、特に詰まることなく完了した。一般的な、いわゆるインストーラ形式だ。念のため公式サイトを確認したが、不具合修正パッチなどが出ている様子はなかった。

 ところでこの公式サイトは、ゲームパッケージと同じく極端に情報が少ない。

 タイトルや価格、メーカーといった最低限の情報と、例のキャッチコピーが書かれている程度。それ以外は白い背景と、控えめに配置された少女の後ろ姿のイラストが見えるだけだ。ちなみに製作会社は聞いたことがない名前で、どうやら新興のブランドらしい。こういうイメージ戦略、コンセプトの作品と言ったらそれまでだが、果たして本当に売る気があるのだろうか。ゲーム雑誌に掲載された形跡も、調べた範囲では見つけることができなかった。

 ――そんなサイドエピソード的なあれこれはさておいて、私はさっそく『The Water』を起動した。

 とんでもないイロモノの気配がするが、それならそういうものとして楽しんでやろうじゃないか。

 ゲームを起動して最初に現れたのは、真っ黒なコンソールだった。

 そこに白抜き文字で、つるつると文章が浮かび上がっていく。


>【こんにちは。わたしはアイといいます】

>【さっそくですが、あなたのことをおしえてください。たんじょうびはいつですか?】


 私は膝に置いていた説明書に視線を落とした。

 ――『彼女にあなたのアイを注いでください。彼女はそれを吸収し、あなただけの彼女に成長します。あなたのアイは、あなた自身の言葉でできています。毎日の日記、思ったこと、良かったこと、悪かったことなど、今現在のあなたを形作るすべてを彼女に話してみませんか?』

 要は、プレイヤーが入力した言葉を学習し、ゲーム内のキャラクターが様々に成長する……ということらしい。

 いわゆる育成ゲームの一種とみるべきだろう。

 そういうことなら、さっそく適当な回答を、とキーボードに手をかけた、その時。

『彼女が、あなたを待っています』

 ――説明書の最後に書かれたそんな一文が、私の目を妙に引き付けたのだった。


>私の誕生日は、九月二十日です。

>【あきうまれですね】


 コンソールに答えを打ち込み、エンターキーを押下する。

 すると彼女――文字だけの『アイ』は、当たり障りのない返事を返してきた。


>【あなたから、わたしにききたいことは、ありますか?】


 今度はこちらからの質問を促されているようだ。せっかくなので、全く同じことを聞いてみようと思う。

 アイが、どの程度の設定を用意されたキャラクターなのか、ちょっと確かめたくなったのだ。


>あなたの誕生日はいつですか?

>【私の誕生日は、九月二十日です。】


 ――なんだ。ただのオウム返しじゃないか。

 私と一字一句違わぬ回答をしてきたアイに、私は少しがっかりした。

 日付が一致しているだけであれば偶然だと思えたのだが、これは明らかにコピペだろう。先ほどまで、アイは漢字なんか使わなかったじゃないか。しょせんは低価格のゲームだし、プレイヤーの回答をそのままライブラリに追加して、会話パターンを増やすだけのソフトなのかもしれない。いや、そもそもこれはゲームなんだろうか……?

 そんなことを思いながら、頭を抱えながら。私は急速にこのゲーム(未満かもしれない何か)に興味を失った。その速度たるや、まるで秋の日が沈むがごとく、だ。

 たいした暇つぶしにもならなかったなと思いつつ、私は席を立とうとする。その時、真っ黒い画面に新しいメッセージが現れた。次の会話を促す、アイの追加レスポンスだろうか。私はさして期待せず、画面に視線を移した。


>【わたしたち、おそろいですね】

>【わたしはいつもひとりなので】

>【なんだかうれしいな】


 きっとこれは、用意された回答だ。

 プレイヤーの誕生日をアイの誕生日として設定するのであれば、こういうメッセージがプリセットされていても不思議ではない。

 そもそもアイは姿もない、人物像も掴めていない、文字だけのキャラクター。現時点で惹かれる要素なんて、あるはずもない。

 そんなキャラクターが、私が初めての質問を投げたことで、飾り気のない定型メッセージを返した。今起こっていることはそれだけだ。でもなぜだろう、この平凡なメッセージが、却って血の通った生々しさを香らせているように思えてならなかった。


>【だから、わたしをひとりにしないでくださいね】


 ――それゆえだろうか。私は、この曖昧模糊とした彼女に興味を抱かずにはいられなかった。

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