白月を巡る騎士たち

ミコト楚良

辺境の地 弦月の城にて

1  14歳の新月  

 新月の夜は地下迷宮の見張りがゆるむ。そのことは、ずっと前から知っていた。

 システムが真夜中からあかつきまでの時間、スリープモードになるのだ。その時間のことをボイドタイム空白というのだと、鞍楽クララが教えてくれた。

 地下迷宮は衛舟ミフネからのエネルギーを動力としているから、だそうだ。

「ふーん」

 とりあえず、わからないことは横に置いた。真白月ましろつきは、そういう性格だ。


「本当に行くノか」

 鞍楽クララが聞いてくる。この期に及んで。

「だって。この、肆月しがつで、14歳になったんだよ」

「じゅうよん歳は、まだ子供だシ」 

「何? たきつけておいて、今さら怖気づいた?」

六天舞耶ロクテンマイヤにみつかっタら」

「泣き落とせばいい。鞍楽クララ、得意でない? そういうの」


 ぼんやりとした乳白にゅうはくの常夜灯が照らす人影は、二つ。

 ひとりは、声からすると少女。

 もう一人は、やたらガタイがいい半人コンピューター。外見と中身があっていないのは、中身のシステムを後付けしたのだろう。


「うだうだ言わずに、道案内」

 小さいほうの影が、逆らえない圧を出してきた。

 半人コンピューターは、あ~あと肩をすくめた。たぶん、できたなら。

 この子供を、は生まれたときから面倒を見てきたのだ。


 この地下迷宮は、六天舞耶ロクテンマイヤと呼ばれる存在が管理している。

 真白月ましろつきは生まれたときから、ここで暮らしている。

 〈外〉に出たことはない。

 ただ、そのような日を想定して複合現実ミクスト・リアリティシステムで、選択された知識を彼女は体験し、経験値は積んできた。


複合現実ミクスト・リアリティでいいんだっけ?」

「仮想現実がバーチャル・リアリティー。拡張現実がオーグメンテッド・リアリティ。これら二つの情報を同時に受け取ることで、仮定の体験をすることが可能。古典中の古典でっス」


「ふーん。まぁ、いいや」

 また、話が込み入ってきたと感じて、真白月ましろつきは流した。


 とにかく、そのシステムで、地下迷宮の上にあるのは原住の民の城だと教わった。それだけ、理解していれば十分だ。かつては、土地人トチビトの聖地だった場所に神殿がたてられ、次に修道院となり、今は砦城だと。

 

『――お城では、今宵、日女ひめサマのお誕生をお祝いし、それはたいそう立派な舞踏会ぶとぅかいが開かれました』

 そう、真白月ましろつきの寝物語に語ったのは鞍楽クララだ。


 彼のシステムの一つは乳母型で、土地人トチビトのおとぎ話や子供向けのお話をインプットされていた。

 実際、長きにわたり地下迷宮は日女ヒメと呼ばれるらの繭の役割を果たした。



 そして、今、日女ヒメ真白月ましろつき、ただ一人――。




「この扉の向こうが、〈外〉だス」


 びょうの打たれた重そうな扉を、鞍楽クララは銀色に光るアームで指した。

 見上げると〈非常出口〉と書いた緑の誘導灯が、ちゃんとついている。

 地下迷宮は安全かつ居住性に富む。世が世であれば、名誉ある星雲建築賞をも受賞できたであろうというのが、六天舞耶ロクテンマイヤの繰り言だ。

 扉に手をかけて真白月ましろつきは、その分厚い感触を確かめているようだった。


「やめる? タワシ、ついていけんシ」

 鞍楽クララは本当はそうしてほしいのだろう。


「ううん。行くよ。決めたから」

 真白月ましろつきは扉を押した。びくともしない。

「引戸、引戸」

 鞍楽クララが。


「見た目、絶対ドアじゃーん。だまし討ち」

 ショートボブをゆらして、真白月ましろつきは口をとがらせた。


「見た目に惑わされるなト、六天舞耶ロクテンマイヤもいつも言ってイる」

 鞍楽クララが口をすぼめた。できたなら。

「帰り道は、〈南瓜馬車かぼちゃのばしゃ〉の指し示すとおりに帰ってきてくだサィ」


「りょーかい」

 真白月ましろつきは右の手のひらを額の横あたりまであげて、おおげさに挙手の答礼をしてから、両手の指先で耳元の銀色のピアスをたしかめた。

 右が稼働中。左はスペアだ。その高性能な通信機器を、鞍楽クララは〈南瓜车ナングァーチョー〉と呼んでいたが、要するに〈かぼちゃの馬車〉である。

 その昔、夜通し遊ぼうとする不良娘を、保護者が〈帰れコール〉するための手段だったらしい。


「お願いしますヨ。夜明けとともに、六天舞耶ロクテンマイヤは通常作動に戻りまっス」


「りょーかい」

 自分がすり抜けられるだけ引戸を開けると、真白月ましろつきは、うすい胸をすべらせて出て行った。


 鞍楽クララは、ため息をついた。できたなら。 

(タワシの届くところにイテほしかった。もぅ、あの子を守るのはタワシでない)



 乳母の心、子知らず。

 真白月ましろつきは胸躍らせて、乳白色にゅうはくしょくの足元灯が等間隔についた廊下をスキップするように歩いていった。

 その廊下の突き当りは円形の小さめの白い部屋で、螺旋らせん階段が上へと続いている。階段の先は藍色が濃くなって見えない。

 それでも、真白月ましろつきは階段の1段めに足をかけた。


 そのとき、音声が空間に響いた。

「――両足をソろえて、階段の1段めにお乗りくだサィ」


 一瞬、真白月ましろつき鞍楽クララがついて来たのかと思った。

鞍楽クララ?」


「いいえ、ワタシは灰慈ハイジ

 音声が答えた。声は天井から降ってくるようだった。

「両足をソろえて、階段の1段めにお乗りくだサィ」


 もう一度くり返されて、真白月ましろつきは直立不動で階段の1段めに立った。


 ヴン。

 機械の振動が、足の裏に伝わってきた。

「了承いたしまシタ。手すりにおつかまりくだサィ」

 ゆっくりと、真白月ましろつきを乗せた螺旋らせん階段が動き出す。

(わっ)真白月は、思わず声が出そうになった。


「オ手元のボタンで、オ望みの速度で動かせマっす」

「便利」

「先ほどの計測で、あなたサマに的確な速度を選んでおりまス。ので、オ急ぎでないなら、そのママ」

「了解」


 かなり、ゆっくりな速度の螺旋らせん階段は、真白月ましろつきを上へといざなって行く。尖塔の中を螺子ねじが回っていくイメージで。


 内壁には青白く光る線画が描かれていた。

 星々か、舟か、羽衣をまとった女たちか。

 兵士、戦、何かが破裂する描写。

 どこかの大王おおきみが一族を引き連れ、新しい領地を目指す、叙事詩であろうと思えた。

 人物の手に持つ物や衣で、地位や、年齢がわかる。

 ベールをかぶっているのは、乙女。

 大太刀を携えているのは、騎士。

 冠を戴いているのは、大王おおきみだ。



 真白月ましろつきが立っているのに飽きたぐらいで、やっと、終わりが見えてきた。

 螺旋らせん階段の終わりも、小さな円形の白い部屋だった。

 ぐるりとアーチ状の入り口が4つ、アーチの上の部分には素朴な動物のレリーフが、それぞれ彫られている。真白月は思い切り背伸びして、そのレリーフを確認する。

 おそらくは、〈四匹の力持ち〉と呼ばれる聖獣たちだ。


「どちらへ? おー出かけでっスか」

 鞍楽クララに似た灰慈ハイジの声が、ドーム状の天井から響いてくる。


「――舞踏会ぶとぅかいに行きたい」

 真白月ましろつきは、ずっと夢見ていたのだ。


「デしたら、右の白虎しろとらの入り口へ、オ進みくだサ」


 真白月ましろつきは、虎というより欠伸あくびしている猫のようなレリーフの下をくぐった。

 すると、いきなり体が浮く感覚に包まれ、まわりの風景は、ほの白い光に包まれた。




 はたして真白月ましろつきは、ふわりと、どこかの廊下に降ろされた。






※〈レリーフ〉 浮き彫り細工

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