第三十五話 ダンジョンの町 四 vs 町

「あいつら問答無用もんどうむようで魔法を撃ってきたな」

「ま、ここは巨大な賊の拠点きょてんと思えばいい」

「ならば対処するのは簡単」

「そもそもあの程度の戦力で俺達を倒せると思っているのがはらただしいぜ」


 教会から少し外れた所、そこには (死んではいないが)死屍累々ししるいるいと地面に横たわるこの町の賊がいた。

 それらを一瞥いちべつしながら世紀末冒険者達の一部は彼らをくくりつけている。


 町、というよりもここに住む賊の襲撃を受けアルケミナ達は組織だって抵抗し、反撃した。

 いつもはふざけた格好をし、ふざけたことを口走るが、彼らはBランク冒険者。ヴィルガにいたってはAランク冒険者だ。

 賊の討伐や大規模な賊の拠点制圧をこなしてきているプロフェッショナル。

 横たわっている三流くらいでは歯が立たない。


 しかしながら通常の賊の討伐や拠点制圧とはことなり今回はアルケミナがいる。

 彼らが崇拝すうはいしてやまない彼女がいる前で人死ひとじにを出すわけにはいかなかった。

 よって「殺生せっしょう禁止」というしばりを受けながらも彼らは無双していた。


「にしても手加減なさすぎだな」

「……この町を巨大犯罪組織の腹の中と考えると」

「様子見、か? 」

「有り得るな」

「戻るか? こいつらを放置しても、もう使い物にならんだろう」


 気絶している襲撃者を軽くとばし提案した。


「そうだな。かなりの数を残してきているとはいえ大人数で襲撃されたら……いやヴィルガの兄貴がいるから大丈夫か」

「それよりもあねさんの言葉だ」

「オレ達に怪我をするなと言ってくれた」


 五人ほどの男達は指示を出された時の事を思い出し、少しだらしない顔をする。

 しかし彼らはプロフェッショナル。

 すぐに気を戻し、作戦を確認する。


「姉さんにまだ本格的な襲撃が来ていない事も伝える必要もあるな」

「なら一時撤退てったい一択だな」


 そう言い残し、最前線で戦っていた世紀末冒険者達は教会へと戻った。


 ★


 現在アルケミナ達は教会周辺に陣取じんどっている。

 これほどまでに早い襲撃は予想外であったが、教会を抑えることができたのはある意味運が良かった。

 相手が傷を回復させる方法が一つとは限らないが、少なくとも回復手段の一つを潰せたからだ。

 更に言うのならばそこには二つ名持ちのAランク冒険者にエルジュという神官、対人戦に慣れたマリアンという騎士に加えて、歴戦の冒険者達がいる。

 まさに鉄壁の布陣ふじんであった。


「様子見の可能性、か」

「へい。あまりに弱すぎますので」


 最前線で戦っていた冒険者がアルケミナに報告してきた。

 アルケミナは「一理いちりある」と思いつつも、これからの事を考える。


 (オレとしてはすぐにでも撤退てったいした方が良いと思うが)


 ちらりとマリアンの方を見た。


 (マリアンはこの町をつぶす気満々まんまんだな。それにエルジュも。教会の中での話を聞くとその怒りは分かるがオレ達まで被害をこおむったら目も当てられん。一度ガガの町にひいて……いやガガの町自体がグルならばそれは悪手あくて、か)


 アルケミナは教会から出てきたエルジュとマリアンの話を聞いた。

 中には子供達がおり、この町の助祭が保護しているそうだ。

 本来そこにいる子供達は他の組織に売り飛ばされる予定だったらしい。

 そこを教会の助祭が割って入り、自身の回復魔法と引き換えに彼らの無事を確保したようだ。

 だが子供達の数はこの程度ではないとのこと。

 しかも歴代のガガの町の町長が見て見ぬふりをしているせいでこの町は存続そんぞくし、時に「本当の盗賊」として村を襲撃し、女子供をさらっているようだ。


 (ここまで来ると本格的に貴族がからんでるよな。マリアンいわく、時折盗賊被害を聞いたことがあるらしい。だが襲われ報告された数と、この町の賊が襲った数の帳尻ちょうじりが合わない、か。ならば他領だな)


 ここまで考えアルケミナは思考を放棄ほうきする。

 安全第一。

 自分達がやるべき事を最優先し、撤退を選択する。

 だが——遅かったようだ。


「!!! きましたぜ。恐らく本隊でさぁ」


 全員が、瞬時に武器を構える。

 アルケミナには分からなかったが冒険者達の「気配感知」が発動したようだ。

 構える冒険者の中の一人が魔杖ロッドを構えて魔法を発動する。


「姉さん。やっこさんは完全武装でさぁ」

「数と武装は? 」

「数は数百、武器は様々」

「……数百か。少ないな」


 と、軽く呟くとヴィルガが振り返り、アルケミナに言う。


「……恐らく、他に拠点きょてんを移す準備でも……している、かも、です」

「あまりにも戦力に差があり過ぎると思うが? 一斉にかかれば「勝てる」と思わないのか? 」

「それは、我のせいもあると」


 口下手くちべたなヴィルガに変わり他の冒険者が説明を始めた。


「幾ら犯罪にまみれているからと言ってこの町の冒険者ギルドがギルドとして機能していないわけではないんでさぁ」

「? つまり? 」

「多分ですがね、Aランク冒険者『破城のヴィルガ』がいることがバレているんでしょう。負ける可能性のある戦いに乗る必要はないとでも判断したのでは」

「拠点移動の為の護衛に数を回したのも、襲撃の数の少なさの原因だと思うぜ」

「だが戦闘組は勝つ気満々のようで」


 口々に考察を言う。

 同時に——


「マリアン。出過ぎるな! 」


 アルケミナがマリアンを止めた。


「しかし! 」

「下手に乱すな。被害が増える」

「ここで逃がしたら! 」


 そう言いマリアンが敵の向こう側を見た。

 貴族として、騎士として、という考えが強いマリアンは全員捕縛ほばくしたいのだろうとアルケミナは予測した。

 だがそれが現実的でないのは一目瞭然いちもくりょうぜん

 アルケミナ側の数が圧倒的に少ないのだ。

 よってアルケミナはマリアンを止めて抑える。


「乱すようだったら教会にぶち込むぞ! 」

「っ! 」


 今までにマリアンが聞いたことのないような言葉でアルケミナが彼女を叱咤しったした。

 それに驚き、そして冷静さを取り戻す。

 そしてアルケミナは手を上げ——


「よぉし、おめえら。怪我だけはすんなよ! 」

「「「おう!!! 」」」


 戦いの火蓋ひぶたを切った。


 ★


「おめえら! 姉さんの前だ。ここ一番の見せ場だぜ! 」

「負けてらんねぇな」

「おいおい、目的を忘れるなよ? 」


 モヒカンの一人がそう言うと、少し浮ついていた空気がすぐに引き締まる。

 そしてそのまま後ろを見渡し、声を掛ける。


「準備は、いいか? 」

「「「おう!!! 」」」

「なら行くぞ! 合わせろよ! ……うぉぉぉぉぉぉ、戦士の咆哮ウォー・クライ!!! 」


 一人のモヒカンが、咆哮ほうこうを上げる。

 すると周囲のモヒカン達が強化された。

 しかしこれでは終わらない。


「「「戦士の咆哮ウォー・クライ!!! 」」」


 他のモヒカン達も、まるで同調どうちょうするかのように咆哮した。


 そして全体に強力な強化がほどこされていく。


 通常戦士の咆哮ウォー・クライという武技は一パーティー (大体五人くらい)全体にかける強化系の武技である。

 咆哮を受けて高揚こうようした戦意せんいは体のパフォーマンスを上げて、結果的に身体強化を起こす。


 しかし彼らのそれは、違う。

 モヒカン達は戦士の咆哮ウォー・クライをお互いに掛け合い、共鳴させることで様々な効果を全体におよぼしていた。


 まずげられるのは規模である。通常は五人前後が限界とされているこの武技であるが、今の彼らの強化範囲は三十人を超えていた。

 次にその効力だ。現在かれられた効力は——限定的であるものの——通常の何十倍という効果を上げていた。これは常に同じ人を想い、同じ服装、同じ髪型などをして違うパーティーにもかかわらず以心伝心いしんでんしんしている彼らだからこそできる技であった。


 そして波及はきゅうしていく効果は彼を強化する。


 Aランク冒険者——『破城』ヴィルガ、を。


 ★


「……な、んだ」

「こ、こんなの聞いてねぇ! 」

「誰だ! Aランク冒険者でも勝てるって言った奴は!!! 」

「くそっ! 俺達だって町めてんだぞ! 」

「てめぇら気合い入れろ!!! 」


 現在、迫りくる異常な奴らに総勢五百以上からなる犯罪者集団は狂乱きょうらんおちいっていた。

 すでにどちらが犯罪者かわからない状態。

 ある時は鶏冠とさかのような髪型のやつに殴られ、その隙に数で襲うとしても棘のついた肩でショルダータックルでカバーしてくる。


 たった三十人。

 たったの、三十人に五百以上の軍勢は押されていた。


 しかし彼らを本当の意味で狂乱におとしいれているのは彼らではなかった。


「きょ、巨人? 」

「あ……あぁ」

「おい! 飲まれるな! 」


 一人が倒れ、叱咤する。

 しかし最初の一人が落ちたのがまずかった。

 その影響は、瞬時に、全体に波及はきゅうし更なる混乱を引き起こす。


 彼らの前にいるのはたった一人。

 たった一人が、近づいていた。


「あれが破城のヴィルガ?! おかしいだろ!!! 」

「あれがAランク?! ウソをつけ!!! 」

「お、押しつぶされ……」

「なんだよ……一体なんだってんだよ! 」


 歩くだけ。

 たったそれだけ。


 それで心がへし折られていく。

 ある者は泡を吹き、ある者は白目をむき、ある者は神に祈り、ある者は錯乱さくらんしていた。


 今のヴィルガはいつもと違う。

 いつもと違い、仲間がいる。

 いつもと違い、尊敬そんけいする人がいる。


 戦士の咆哮ウォー・クライにより増幅ぞうふくした身体能力に、異様いよう高揚こうようした戦意。

 それをじかに受けた者から崩れていく。


 そして決着がつくのに時間はかからなかった。

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