第十五話 一方その頃医師ギルドはというと

「くそがぁっ! 」


 小太りな男が毒づき「ドン! 」と机を叩くとはらりと書類が落ちる。

 それを皮切りにさらさらと音を立てながら紙が続く。

 しかしそれを気にする様子もなく爪をみ、苛立ちをあらわにしていた。


「まぁまぁ怒りを抑えてくださいジルコフ様。ニルヴァ君がおびえ震えているので」

「私ですか?! ロドリゲスさん」

「実際、恐怖で震えているじゃないですか」

「これは恐怖じゃなくいつもの……」

「はいはい、分かりましたので」

「だがこの怒りをどう収めればいい、ロドリゲス!!! 」


 再度叩きつけた拳から血を流すも気にしないジルコフと呼ばれた男。

 いきなりこの医師ギルドのギルドマスター室に呼ばれた二人は状況がわからない。

 入ると説明もなく、すぐに顔を赤くし怒鳴りらしたからだ。

 少しでも状況がわかればと思いロドリゲスと呼ばれた男が上司に聞く。


「今回はどうなさったので? 」

「……この紙を見ろ」


 ロドリゲスがジルコフに声を掛けると白い一枚の封が開いた手紙を差し出した。

 ジルコフとニルヴァが顔を見合わせながらも机に寄り、それを見る。

 いつもの癇癪かんしゃくか、と思っていたのだがその内容を読むにつれてどんどんと顔が青ざめていった。


「こ、これは?! 」

「まさか……。公の三男が回復した!? 」

「ちょ、ニルヴァ君。声が大きいです」

「す、すみません」


 謝りつつも再度見直す。

 しかし内容は同じ。

 青い顔のままジルコフの顔を見る二人。


屈辱くつじょくだ……。何故医師が出来ない事が薬師ごときに出来る!!! 」


 再び机を叩く音と共にロドリゲスも同調するかのように怒りをあらわにした。


「有り得ない! 確かあの患者は見切りをつけたはず! そもそも毒の種類が多すぎて解毒など不可能! 」

「そうだ。その通りだロドリゲス。しかし問題はそこじゃない」


 顔を手でおおうジルコフを見て、息を飲む二人。


「この医師ギルド——領都りょうとアークの膝元ひざもとの医師ギルドがさじを投げた、公爵家の三男が、得体の知れない薬師の手により治ったという事実が問題だ」


 絶望したかのような口調でそう言うジルコフ。

 確かにと頷くロドリゲスにいまだびくびくと体を震わせるニルヴァ。


「ならば……りますか? 治療不十分。これならば我々がとがめられず、公の怒りはあちらに向かうでしょう」

「それは止めておく。相手は公爵家の三男。二度も同じてつを踏むことはないだろう。警備は今までの比較にはならないほどになっているようだ」

「「!!! 」」


 ロドリゲスとニルヴァはその事実に驚き目を見開く。

 そして追い打ちをかけるかのようにもう一枚の手紙を出した。

 それは少し汚れ、正式な文章としてはいささひんにかけている。


 紙を前にすべらせ二人に見せる。

 そしてその内容を読むかのように口を開いた。


「俺達がトリアノ様を殺そうとした? ふざけるなぁ!!! 単なる政争せいそうだろうが! 」

「……よくあることなのに」

「そうだ! 俺達は悪くない!!! なのに、なんだこの手紙は! 俺達を馬鹿にしているのか! 」

「そもそも毒は専門外。それにあのように何十という毒をられたらどうすることも。これはいささ極論きょくろん過ぎる、と思いますが」

「その通りだ! 全くもってふざけている! 」


 バン! と両手をついて立ち上がるジルコフ。

 そのまま窓の方へ移動する。


 実際リカバリー・ポーションが無ければアルケミナでもできなかったのは確かで彼らの主張はある意味正しい。普通の方法ならば解毒不可能であっただろう。

 しかしながらその問題をややこしくしているのは医師ギルドに所属する医師が依頼者——つまりアース公爵にいつわりの報告をしていたことだ。これならば敵対貴族にくみして暗殺を狙っていたと考えられても仕方ない。


 医師ギルドというのはそもそも貴族家出身の者が多く、他方たほう陣営じんえいについて薬に毒を混ぜ暗殺をはかろうと考えられてもおかしくないのも確かで。

 よって自身の身の潔白けっぱくを証明するためにも正確な報告で、失敗が許されない職なのである。

 今回彼らは直接トリアノを担当した医師ではなかったために命が繋がっているが、公爵家三男の暗殺未遂みすいに関与していたと噂されるだけでもかなりの痛手いたで


 一歩間違えれば首が飛ぶ。


 これは医師ギルドに所属する者のみならず医師ならば全員が最初に学ぶことである。

 しかしそのような基礎ももはや彼にはそのことが頭に無く、あるのは怒りをぶつける場所探しであった。


 窓に着いたジルコフは爪をかじりながら外を見る。

 そして外を見せつけるかのように片腕を広げた。


「この町が健康でいられるのは誰のおかげだ! 」

「それはもちろんジルコフ様のおかげです」

「そうだ! この町に一番貢献こうけんしているのは俺だ! なのに何故こんな屈辱くつじょくをぉ!!! 」


 ダン、ダン! と床を踏み、癇癪かんしゃくを起すジルコフ。

 その様子にニルヴァがロドリゲスの白衣のすそつかみ、おびえる。

 ロドリゲスは「どうしたものか」と考えつつ上司の癇癪かんしゃくを抑える方法を考えた。


「そうです、ジルコフ様。こうなればその薬師とやらを探してみてはいかがでしょうか? 」


 そう言うとジルコフの動きが止まり、怒りに満ちた瞳がロドリゲスに向かう。

 威圧のこもった声でジルコフが「どういうことだ? 」と言いロドリゲスに迫る。

 しかしそれを恐れる様子もなくジルコフに進言するロドリゲス。


「探して、営業が出来ないようにすればいいのですよ」


 瞬間、「名案めいあんだ」とばかりにジルコフに衝撃が走った。

 潰して、未来永劫えいごう商売が出来ないようにしてやろうという思いが頭を満たそうとする。

 しかしその前に疑問がいてくる。

 ロドリゲスを見てたずねた。


「だがどうすれば」

「なに、相手は薬師です。機材や薬草が無ければ薬は作れないでしょう」

「……そうだな。そうか。確かロドリゲス、お前は」

「ええ。私は元商家の三男。その伝手つてを、少しりましょう」


 ふふふ、と笑う二人をみ、その狂気きょうきはらんだ行動を冷たい目で見るニルヴァだった。

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