第三章 ~『フーリエ公爵邸への襲撃』~


 暴走を始めたゼノ達を止めるため、クラリスはアルトと合流する。事情を共有した二人は、フーリエ公の屋敷へと向かっていた。石畳の街道を走りながら、隣のアルトに視線を送る。


「ゼノ様たちはご無事でしょうか?」


 フーリエ公は公爵である。屋敷には護衛もいるはずだ。彼らが無事であることを祈る。


「ゼノの心配は杞憂だ。あいつの実力はかなりのものだからな」

「戦っているところを見たことがあるのですか?」

「ない。だが身に纏う魔力で分かる。あいつは修羅場を潜り抜けている猛者だ。屋敷に常駐させている兵力では止められないだろう」


 最初から想定していたのならともかく、突然の急襲だ。ゼノを対処できるほどの貴重な戦力を待機させているはずもない。


「突き当りを曲がった先が公爵邸だ。覚悟はいいな?」

「はいっ」


 心の準備をしてから曲がり角の先の景色を視界に入れる。広がった景色は、傷んだ建物の中にポツリと聳える豪邸。そしてそれを取り囲む群衆だった。


 群衆は木板のプラカードで、抗議の声をあげている。一触即発の状態だ。


「あ、あの、あなたたちは聖堂教会の信徒なのですか?」


 群衆に問いかけると、その中の一人、若い男がクラリスの質問に答えた。


「いいや、俺は無宗教だ」

「ならどうして抗議活動を?」

「フーリエ公爵に恨みがあるからさ。ここにいる奴らは皆そうだ。毎日扱き使われて、怒りが溜まっていたんだ。そんな折、知り合いから復讐のチャンスをやると誘われてな。そりゃ参加するだろ」

「知り合いとはまさかゼノ様ですか?」

「ゼノ? 誰だ、それ?」

「なら誰に?」

「革命派の友人さ」


 革命派。それはフーリエ公を排除し、アルトを新たな領主にするべく活動する者たちである。どうしてそのような者たちがとの疑念に応えたのは、アルトだった。


「ゼノの奴、ここまで計画していたのか……」

「どういうことですか?」

「キッカケは予想外だろうが、いずれは暴動を起こすつもりだったのだ。そのために反領主の勢力と手を組み、力を高めていたのだ」


 火を放っても、ボヤ騒ぎでは意味がない。革命を成就させるためには、力を集結し、大火を起こす必要がある。


 その証拠に抗議活動の参加者は見る見る内に数を増していく。行列のできる店に人が集まるように、人混みが人を呼ぶのだ。


 さらに一人では公爵に逆らう勇気が湧かなくとも、群衆に紛れることで、大胆な行動に躊躇いがなくなる。溜まった鬱憤を吐き出すように、大声で抗議の声をあげる。


「クラリス、屋敷の方角を見てみろ」

「あの神父姿は……間違いありません。ゼノ様です!」


 屋敷の敷地内、内庭で大声を上げている集団を見つける。特徴的な格好を見間違うはずもない。ゼノを含む聖堂教会の神兵たちだった。


「フーリエ公爵、出てこいっ。出てこないなら殺すぞっ」

「火炎瓶持ってこい!」

「いいねぇ、豚の丸焼きにしてやれっ」


 戦場を潜り抜けてきた神兵たちは、やることも派手である。言葉よりも暴力の方が主張は伝わると、屋敷の中に石や火炎瓶を投げ込む者まで現れていた。


「ゼノ様!」

「これは聖女様ではありませんか」


 ゼノが狂気の笑みをクラリスへと向ける。敵意はこちらへと向いていないが、それでも背筋が冷たくなる。


「こんなことは止めさせてください」

「もちろん、私もそのつもりです」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。フーリエ公爵には、領主を辞めて頂きます」

「あ、あの、私が止めて欲しいのは――」


 クラリスの静止を遮るように、屋敷の扉が開かれる。怒りで顔を真っ赤に染めたフーリエ公が全身に魔力を滾らせながら現れたのだ。


「儂は扉越しに話を聞いていたぞ。やはり貴様は悪女ではないかっ!」

「ち、違うのです。私は……」

「問答無用! 正義は儂にあり!」


 フーリエ公は水球を生み出すと、空中に浮かべる。衛星のように、彼の周囲をクルクルと回る水は、次第に速度を上げていく。


「儂も遠縁ではあるが、王族の血を引いておる。すべての自然属性を扱うことはできぬが、水魔法だけならば、一族でも右に出る者はおらん。もし泣いて詫びるのなら、許してやらぬでもないぞ」


 挑発にも似た公爵の言葉は、神兵たちの神経を逆撫でした。彼らの怒りがピークに達する。


「上等だああああっ」

「聖女様のために、フーリエ公を処刑しろおおっ!」

「絶対に生かして帰すなぁ!」


 怒りは死の恐怖さえ薙ぎ払う。神兵たちは水球で身を守るフーリエ公に、身の犠牲を恐れずに特攻する。


「魔法使いに無策で飛び込んでくるとは愚かなり」


 脅威を排除しようと、フーリエ公は水の弾丸を放つ。水も音速で放たれると、鉄の硬さになる。水で撃ち抜かれた神兵たちは、衝撃で芝生を転がっていく。


 だが彼らは決して退かない。死ぬこと以外カスリ傷だと、起き上がっては襲い掛かる。まるで不死者に襲われるような恐怖に、さすがのフーリエ公もパニックになる。


「ち、近づいてくるでないっ」


 冷静な判断力を失ったフーリエ公は、四方に水の弾丸をばら撒く。照準を定めないで放たれた弾は、彼の意図しない方向へ飛んでいく。


「え?」


 水球の一つが、クラリスへと向かっていく。恐怖で足が動かない。このままでは直撃すると覚悟した時、彼女をアルトが庇った。


 アルトの腕の中に抱かれながら、衝撃で芝生の上を転がる。痛みは彼が守ってくれたおかげで感じない。


 だが自分のために身を犠牲にしてくれたアルトに対して、罪悪感でいっぱいになる。


「……っ……ア、アルト様……血が……」

「き、気にするな。わ、私は無事だ」


 アルトの口元からは血が溢れていた。咄嗟に庇ったため、受け身を取れずに直撃を受けたからだ。もしかすると内蔵が傷ついているかもしれない。


「……ぐすっ……私なんかのために……アルト様が傷つくなんて……」

「旦那だからな。大切な妻のためなら、命くらい張るさ」

「……っ……い、いますぐに治しますね」


 アルトは耐えているが、臓器が傷ついているなら、その痛みは耐えがたいはずだ。一刻も早く楽にしてあげたいと、回復魔法で治療を開始する。


 クラリスが目尻に涙を浮かべながら寄り添う姿は、神兵たちの心を震わせた。怒りで握りしめた拳から血が溢れでる。


 特に代表であるゼノの怒りは格別であった。彼はすぅと息を吸い込んで叫ぶ。


「敬虔なる信徒たちよ。聖女様が涙を流す。その原因となった男を生かしておくべきでしょうか!?」

「地獄行きだああっ!」

「フーリエ公爵を殺しても神はあなた方を罰しません。死して天国へ迎えられるために、皆さん、剣を突き刺しましょう」

「うおおおおおっ」


 目を血走らせた神兵たちが突撃する。フーリエ公は彼らの迫力に死を覚悟する。頭の中に過る走馬燈。そこから生き残るための方法を考える。そして彼の出した結論は、とある言葉を叫ぶことだった。


「この卑怯者おおおっ!」


 あまりに予想外の言葉に、神兵たちの動きが止まる。そこにすかさず、フーリエ公は言葉を続ける。


「貴様らは聖堂教会の信徒であろう。儂一人を集団でいたぶるなど、神に仕える者たちがやることかっ!」


 大勢の平民を虐めてきた男が今更何を言うかと、反論が喉まであがってくる。しかしその言葉が放たれるよりも前に、フーリエ公は手袋を取り、治療中のアルトに投げつけた。


「アルト公爵、儂とすべてを賭けて決闘だ」


 フーリエ公は一縷の望みに縋るように、アルトを見下ろす。頭の上に乗った手袋を、彼はゆっくりとした動作で受け取るのだった。

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